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十字架の恵みが溢れて

主が治めておられます。私たちはそれを大胆に断言します。
私たちの主イエス・キリストが治めておられます。
彼は万物の主です。
なにものも彼の権威を損なうことはできません。
中国と日本における主の権益を損なうために世に出てきているのは、霊の軍勢です。ですから、私たちは中国のために祈りません。日本のために祈りません。
私たちは中国と日本におけるあなたの御子の権益のために祈ります。
私たちはいかなる人も責めません。なぜなら、彼らはあなたの敵の手の中にある道具にすぎないからです。
私たちはあなたの御旨のために立ちます。
おお主よ、暗闇の王国を粉砕して下さい。
あなたの教会に対する迫害があなたを傷つけているからです。アーメン

〜ウオッチマン・ニーの祈り〜
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神の恵みは引っ越し先に溢れ

実家に引っ越しをしてきてから約三週間が過ぎた

片付けは透析の合間にやるしかないのでなかなか進まないが、

それでも少しずつでも片付いてゆくのも気持ちのよいものだ。

今日は実家のすぐそばにある透析のクリニックへ見学に出かけた。

引っ越してきた時は、今の透析の病院を変わるかも知れないなんて事は全く考えてもいなかった。

幾度もブログで書いてきたが、今の透析クリニックは、日本の中で一番進んだ透析治療を行ってくれている病院だからだ。

ところが、その城北クリニックの看護師さんから、引っ越しに合わせるように情報が入ってきた。

その看護師さんも、私の実家すぐそばに住んでいて、やはり毎日、名古屋の北区まで通勤をしてくる看護士さん。 

週三回遠くから透析に通うのは大変だろうからと、教えてくれたのだ。

はじめはここと同じような透析をしてくれる所じゃなければできれば転院はしたくないと話していた。

でも実家に近い病院と言うことで、いつの日かは、遠くまで自分で通えなくなった時には、

転院も考えなきゃ・・ぐらいな軽い気持ちだったのだが、

ところが、今日、8月の開院予定のクリニックの内覧会に見学に行かせていただいて

驚いた。

それは、私が一番希望していた「オーバーナイト透析」が愛知県で初の試みとして行われる予定なのだ。

オーバーナイト透析とは、透析の夜勤みたいなもので

たとえば、夜の9時ごろから、翌朝の5時ごろまで、8時間たっぷり透析をするというものだ。

睡眠時間を利用することで、日中、透析に縛られる生活から当然解放される。

そして、8時間かけて体の水分をゆっくり抜くことで、心臓への負担はほとんどなくなる

そして何より、体から毒素よく抜けて、正常値に近いぐらいの数値にまでもどるのだ。

夜、家を空けると言うことに抵抗はあるものの、

腎臓にとっては、一番いい理想的な形の透析となる。腎臓は本来24時間休むことなく働き続けているのだから、

透析は長くやればやるほど体にもいい。

今日聞いてきた病院の説明では、まだはっきりとした内容は決まっていないそうだが、

希望していた治療を行ってくれる病院が、まるで引っ越しにあわせるようにして

新しく建てられ、一番願っていたオーバーナイト透析が始まることに、

神の恵みの備えを思わずにはおられない

6床分しかオーバーナイト透析は行わないとの事なので、申し込めば

すぐ受けられる、と言うものではないく、どうなるかは正直わからないが、

このようなクリニックができたこと自体が、とにかく嬉しいのだ

透析治療は本当にどんどん進んでいる。ところが、実際に病院側が追いついていないのが現状なのだ。

今通っている病院は、他の病院からは常識ハズレの異端児的な扱いをされているが、他の医者から、鼻でわらったような、馬鹿にしたような手紙が来るそうだ。

しかしその手紙を見て、逆に笑ってしまうらしい。

よい透析かどうかは、患者の状態を見れば一目瞭然なのだ。

来て、見よ、 の通りである。


そんなわけで、今日は主人と息子も車の運転免許証の住所変更手続きに行くついでに、一緒に病院見学についてきた

主人は見学後にこう言った。

 「なぜなんだ。。。まるで引っ越しにあわせるかのようにしてお前にとって一番いい病院がすぐそばにできた。

 いったいどうなっているんだ!」 驚きの表情で言った。

 まだ転院するかどうかもわからないし、決まってもいない話なのだが、それでも主人は

 私の行く先々で神の側で心配をしてくださること、

 そのために備えてくださっていることが主人には見え

そのように言ってきたのだ。

「 あなたの行く所どこにおいても、主を 認めよ。そうすれば、主はあなたの道をまっすぐにされる(箴言3:5,6)。」

 の御言葉を思った。

 主人の中で、色々な出来事を通して、イエス様がそこにおられることを認めるような発言が増えてきたことに、なんだかとても嬉しく思った。

 
 もちろん、自分の願っている病院がすぐそばにできたから、転院する・・のはちがう。

 すべてのことは、神がどう思われ、願われ、導こうとなさっているか

 その小さな御声で語られる御言葉と、神の備えてくださる方法を待ち望む。

 そう・・、自分からは勝手に動かないことだ。

 いえ、厳密に言えば、動けなくなる。

 十字架にとどまるとはそういうことだと思う。

 十字架につけられているのに、勝手に動くのは変である

 釘付けられていないから、自分勝手に動いてしまうのだ。

 

 神が私の主。

 すべての決定権はこの方の肩にある。

 行きなさいといわれれば、導かれた先に、足を一歩踏み出すだけだ。

 とどまりなさいと言われれば、喜んでその場から動かないだけだ。

 
 ただ主を待ち望む! アルファでありオメガであられるお方は、

 すべての出来事を通して、はじめであり、終わりとなられてはじめて

 栄光はすべて主のものです!と心から喜びを持って言うことができる。

 
 
 今日の帰り道、

 いい天気だね〜 三連休だし、こんな日は釣りに行きたかったでしょうと、私は主人に言った。

 主人は・・

 「今日はいい天気だけど、釣りには行かなかったよ。教会へ行くからね・・」


 主人の中に住まわれる主を仰ぎます。


    栄光がすべて主にありますように!!

 
  
 

 










| | 22:02 | comments(6) | trackbacks(0) |
引っ越しを終えて。。
 22日無事引っ越しを終えて、透析の合間に、実家の大掃除と片づけ、各手続きに追われて

目が回りそう

落ち着くまでしばらくかかりそうだ〜 気合で動いているような毎日にへろヘろです


 今日は引っ越してきてからはじめての日曜日。実家から5分もかからないところにある教会へ

礼拝が始まる時間になったので、

教会へいってくるね、と主人に声をかけた。

ところが、(誘いもしてないのに・・) 

「暇だし、教会に行く」と言い、そそくさと着替え始めたのだ

こんな言い方も変だと思われるかもしれないが、

何でその気になったの?と聞きたくなったぐらいだ。笑

実家に引っ越したら、主人が教会に行くなんて、正直、思っても見なかったことだった。


今まで、正月の元旦礼拝に、しぶしぶ付いてきていただけの主人の中で

いったい何が起こったのだろう・・と逆に本当に驚いたのだ。 

思っても見なかっただなんて、なんという不信仰な!・・笑 

でもこうして、思ってもみなかったことを備えてくださるのが主だ


礼拝の最中、ずっと黙って聞いていた主人。

聖歌417 「あなたのつみあやまちは」

を賛美しながら、色々な思いはあっても、すべては神が良しとされ、なさること。

今の時、こうして夫婦共に神に向かう時間をお与えくださったのは、主。

ただそのことに感謝が溢れ、涙した。



ところが、・・来週は私の司会。

もともと、人前に出ることをよく思わない主人には、あえて何も話してはいなかった。

司会と知ったらどうおもうだろう。。と

そんなことをふと考えていたら、

あなたがたの思い煩いを、いっさい神にゆだねなさい。」という御言葉が響いてきた。

アーメン

もはや私ではなく、キリスト。

私自身はキリストにあって十字架につけられてしまっている。

私自身はどのような状況でも従うことだけなのだ


引っ越しをしてきて、厳しい父親と主人・・というまるで二人の主人に仕えるような感じで

あらゆる場面で大変さを感じていることをある姉妹に話したら、

「二人に仕えるのでなく、キリストだけに仕えるのだから、

自分以外のすべての人に仕えることになるのだろうね」

とメールをくれた。

アーメン。。。

 「人の子が来たのも仕えられるためではなく仕えるためであり

 自分の命を与えるため である。」 (マルコ10・43-45).の御言葉を思った。


姉妹の言葉によって、霧が一気に吹き飛び

あらためて、キリストの足跡=仕えるため

(いのちを与えるため)に

引っ越してきたことを新たな気持ちで主の御前で受け止めた。















| | 22:26 | comments(0) | trackbacks(0) |
引っ越しも・・すべては主

「あなたがたは、あわてて出なくても良い。

逃げるようにして去らなくてもよい。

主があなたがたの前を進み、イスラエルの神が

あなたがたのしんがりとなられるからだ。」

 イザヤ52:12

 
 引っ越しを今月の22日に控え、荷物の整理、処分などなど、

 することは山のようにある。

 今回実家の方に引っ越しをするわけだが、実家へ行くことは

 息子が幼稚園に行っていた頃からずっと思っていたことだった。

 しかし、これは自分から動くことではなく、

 主に導かれることをだけを待ち望んでいた。

 今年の4月後半になって、まるで止まっていた時計が動き出し

 押されるかのようにして、引っ越しの話が進んでいった。

 
 しかし、一番に心に引っかかるのは、姑のことだった。

 姑は人一倍依存心が強い人。
 
話の端はしに、そばにいて支えてほしい・・というようなことを言われ続けていた。

 今回、引っ越しが決まった時点で、義父にその旨を伝えたのだが、

 「かあさんには、引っ越しの話はぎりぎりまで黙っていてほしい

 6月になったら何とか説得してみるから・・。

 引っ越すと聞いたら、おかしくなっちゃうだろうから・・・」

 と言われた。

 確かに、まるで薄いガラスのような心の持ち主である

 義母が知ったら、どうなるのかとあらゆる不安がよぎった。

 その時、主が御言葉を下さった。

 「 わたしが地上に平和をもたらすために来たと思うな。

 平和ではなく、剣である。

 なぜなら、わたしは、人をその父に対して、また娘をその母に対して

 また嫁をその姑に対して

 仲たがいさせるために来たのだ。」

  マタイ10:34〜

  
 平和の王であられるお方の言葉とは思えないように捉えるだろうか・・・。

 いえ、主の御言葉はとても鋭く、内側を照らし、

 人の小手先でやりくりするもの

 (真の平和ではないもの)を炙り出す。

 私は姑との関係は、何とか上手くやろうとする

 肉の思いの上に建てられた関係にあることを知らされた。

 主の御前に悔い改め、すべてを主に委ねた。

 途中、何度も、直接話して理解していただこうか・・という

 自分の思いがよぎる。

 しかし、主人から

 「親父が話をするから、お前はだまっていればいい」

 と言われた時

 まるで、主に「静まれ。」と言われたかのようだった。

 引っ越しの準備をしつつも、姑に話をしていないことで

 本当に引っ越しできるのだろうか・・?と、いう思いがあったが

 主を待ち望むことだけが、私の分。

 主がすべてをしてくださることを待ち望んだ。

 
 昨日、仕事から帰ってきた主人から

 「とうとう親父が、かあさんに話しをしたよ」

 と言った。

 私はつばを飲み込むようにして、主人の言葉に耳を傾けた。

  私 「それで?お義母さん、なんて??」

 主人 「話に納得して、仕方がないこととして受け止めてくれたよ。」

 ハレルヤ! 

 何で承諾してくれたのだろうか??と逆に驚いた。

 それどころか、今朝になって

 引っ越しは何かと入用になるだろうし、

 何がいるかわからないから・・と

 引っ越し祝いまでくださったのだ。


 なんということだ・・。 

 いやみのひとつでも言われても不思議ではないのに

 主は姑の心に働いて、さらに、恵みまでお与えくださったのだ。

 主人は一人っ子。義母にとっては大切な一人息子が

 嫁の実家に行くことを、気持ちよく送り出してくれるなんて

 普通、考えにくいこと・・・

 主はご自身を待ち望む者に、良くして下さり

 さらに恵みまでお与えくださるお方だ。

 主がその前を行き、そして、後ろさえも守られる方であることを

 知ることはなんと幸いなことだろう。

 静まることを学び、主を待ち望む幸い 

 
 「さあ、主に立ち返ろう。主は私たちを引き裂いたが、また、いやし、私たちを打ったが、また、包んでくださるからだ。

 主は二日の後、私たちを生き返らせ、三日目に私たちを立ち上がらせる。私たちは、御前に生きるのだ。

私たちは、知ろう。主を知ることを切に追い求めよう。主は暁の光のように、確かに現われ、大雨のように、私たちのところに来、後の雨のように、地を潤される。」

  ホセア6:1〜 

 主を待ち望むことの幸い、

 そして主を知る喜びを歌った賛美

 今朝、ただ主をあがめます!

 
| | 06:22 | comments(4) | trackbacks(1) |
二度目の会社訪問
 今日は息子の会社へ♪

入社して新しい部署へ配属が決まったということで、担当上司との面談、

今後の仕事内容、勤務体系、

入社後の息子の様子などなど伺うことができ、

さらに実際に仕事をしている現場を見学させていただいた

息子は私が見学に来たことも気がつかないほど、集中して作業していた

なんだか時間を忘れ、じっと見ていたい気持ちになった。

普通なら親が会社での子供の様子など見学させていただくことなどない

まるで特別な恵みに与っているみたいな気持ちがした

息子の上司の方は、知的障害者の人に初めて接するが、

いったいどこが障害なんだろうか・・とまで評価してくださった

主の恵みと憐れみをただ、ただ、感謝するばかりだ


その後工場内を案内していただき、カフェや売店、食堂、休憩所・・と

まぁ〜広いこと・・ 

息子が売店でいつも食後に買っているという、セコイヤチョコレートを発見

30円のこの ↓ チョコレートを食べるのが昼食後の楽しみらしい・・笑
 

 
 それに、息子が喜んで?しょっちゅう食べている吉野家のすぐ隣に、

なんと、タニタ食堂があるではないか!!

どうやら肉に目がくらんで、すぐ隣に体に良い昼食が食べれることに気がつかないらしい

爆笑!!

タニタ食堂があるなんて娘が聞いたら、できることなら転職したいと、

さぞ、うらやましがるだろうなぁ〜 笑

・・・なにげに・・・私も食べたい・・笑


 感謝な思いに満たされて息子の会社を後にし、

 その恵みを主人に分かち合った

 
 ハレルヤ 









| | 16:25 | comments(8) | trackbacks(0) |
初出勤!
 (追記あり)

大ちゃん、今朝、初出勤です!!

今日は入社式・・

代表で「誓いの言葉」というものを言うことになっています。

大ちゃんにとって緊張の一日だ

主が共にいてくださる、と励まして送り出しました。

帰ってくるのは午後7時半すぎ

主よ、感謝致します。

あなたが全てを導いてくださったからです。

ハレルヤ!



 「主は、さきに言われたようにサラを顧み、告げられたようにサラに行われた。
サラはみごもり、神がアブラハムに告げられた時になって、年老いたアブラハムに男の子を産んだ。
アブラハムは生れた子、サラが産んだ男の子の名をイサクと名づけた。
アブラハムは神が命じられたように八日目にその子イサクに割礼を施した。
アブラハムはその子イサクが生れた時百歳であった。
そしてサラは言った、「神はわたしを笑わせてくださった。聞く者は皆わたしのことで笑うでしょう」。
7 また言った、「サラが子に乳を飲ませるだろうと、だれがアブラハムに言い得たであろう。それなのに、わたしは彼が年とってから、子を産んだ」。

 創世記21:1〜

6節のところ、共同訳では

「神はわたしに笑いをお与えになった。聞く者は皆、わたしと笑い(イサク)を/共にしてくれるでしょう。」


となっている。

年老いた、すでに死んだも同然の体・・

「百歳ほどになっていて[すでに]〔性的に〕死んだ状態になってしまっていた彼自身のからだと、〔妻〕サラの胎の死んだ状態とを、〔つぶさに〕見据えた。」

このような状況で、誰が子供が生まれると考えうるだろう。

 この、「死んだも同然」という言葉こそ、

 神を知る入口である


 「神は私に笑いをお与えになった、聴く者はみな、私と笑い(イサク)を共にしてくれるでしょう!」

 という御言葉を、出勤していった息子の後ろ姿を見つつ思い返していた。


 イサクは、死から生まれる ただ主だけでこれを導き、

 成し遂げられる印

 死んだも同然の十字架に すべての鍵がある

 確かに神は 笑いを備えられるのだ!!
 
 


 大ちゃん大好物のお赤飯

 桜の花は

 娘が会社帰りの公園で拾ってきてくれました。

 落ちている花びらを一人拾い集めている娘の姿を

 思い浮かべ・・・なんだかとても嬉しくなりました。

  

 
 今日は「誓いの言葉」とてもうまく話せたと、だいちゃんとても嬉しそう♪

 興奮した様子であと何を話してくれたと思います?

 「お母さん、あのね!会社の中に吉野家(牛丼屋)

 ができて食堂もリニューアルされて

 とても綺麗になったよ!!」

 で、早速牛丼をお昼に食べたそうです(笑)

 おぃ、おぃ、、、頼むから毎日牛丼食べるなよ。汗

 吉野屋まで出来たと聞いて、

 しきりに羨ましそうにしていたのは娘。

 入社する所間違えた・・とまで言い出す始末

 「働く気失せたし」。。(笑) 娘のつぶやき・・

 理由は吉野家かよ!爆笑!

 


 入社式で誓いの言葉を述べた息子の言葉を聞いて、

 会社の上司の方が涙が出そうになったと言ってくださったそうです。

 神の祝福は終わることがありません

 お祈りくださった皆様、本当にありがとうございました。

 ハレルヤ!
 
 
| | 07:12 | comments(4) | trackbacks(0) |
痛みの内に静まり・・・
 下記は、昨年の1月乳がんの手術をした同じ日に

 脳外科で手術をされた透析の看護師さんとの出逢い
               ↓
   
http://toku-sati.jugem.jp/?eid=468

 
 深い導きの中で、このようにして出逢いを備えてくださった主を心から褒め称えます

私が再び入院した時もお見舞いに来てくださったり

メール交換や、ランチを一緒に食べに行ったりと、

 同じ年の彼女とすっかり意気投合し仲良くなった・・・

でも

そんな彼女がやがて病にかかり、幾度か祈りのメールを沿えつつ

彼女の救いを願った 一度は回復の兆しが見え始めたが

しかし、再び病が悪化

なかなか連絡が出来ない状態になっていった

6月ごろから連絡が全く取れない状況に。幾度が手紙を書き

9月の誕生日に誕生日をお祝いする手紙を送った。


・・その後

今年の5月13日に亡くなったことという知らせの喪中のはがきが先日ご主人から届いた。



・・・大きな衝撃を覚え、言葉を失った・・・
  
 
何とも言えない深い痛みを覚え まるで重い石が深い海の底に沈んだような気持ちになった



・・・魂の失われる痛み・・・



言葉もなく ただその痛みの中に座る

あぁ、主はこの痛みの中にずっと座っておられたのか・・・・

このうめきの中に、ずっとおられたのか・・・

失われる痛みの深さを

何も知ってはいなかった 

あまりにも知らなかった

・・・





主は全てをご存じで、あの時あの病室で出逢いを備えてくださった

少しの間 彼女のそばに寄り添うことをおゆるしくださった

しかし、十分に主のみ前に従っていたのかと自らに問うなら、

決してそうではなかった自分がいるのだ

すべてを光の中で照らし、明らかにされるお方。



裁きと憐みは十字架の中に

痛みと恵みはひとつ



「すべてのことは彼を介して生じる

彼をさしおいては何一つ生じなかった。

彼において生じたことはいのちであり

そのいのちは人々の光であった」 ヨハネ1:4 岩波訳


 
 すべてのことが、この方、イエスを介して与えられる

 彼をさしおいては何一つ生じない

 いのちに至る悔い改めを起こしてくださる方、

 塵灰の中で主に向かう

 主はご自身を待ち望むようにされる 

「それゆえ、わたしは塵と灰の上に伏し、自分を退け、悔い改めます。」(ヨブ42:6)

 

    主のお言葉が深く私を捉えた
 

 「私たちをキリストの愛から引き離すのはだれですか。・・・私はこう確信しています。・・・「死も」・・・

私たちの主キリスト・イエスにある神の愛から、私たちを引き離すことはできません」

 ローマ8:35〜

 

 「わたしは知る、わたしをあがなうものは生きておられる。

後の日に彼は必ず地の上に立たれる。

わたしの皮がこのように滅ぼされたのち、わたしは肉を離れて神を見るであろう」


ヨブ19:25〜 口語訳
 

 あぁ、肉を離れ 神を見る・・ようにしてくださる方 

 
 「わたしの民よ。私があなたがたの墓を開き、あなたがたを墓から引き上げるとき
 
 あなたがたは、わたしが主であることを知ろう。」

  エゼキエル37:13


 墓にとどまる者の幸い 主ご自身が引き上げ、

 死者の中から起こしてくださる

 いのちであられる方を見る、そのために。。

 

 

 
 
 

 

 
 




| | 07:31 | comments(4) | trackbacks(0) |
神の恵みが盛り沢山だ
 じゃ〜ん



息子に内定通知書が届きました

記念に一枚 ルンルン♪~♪ d(⌒o⌒)b ♪~♪ルンルン


 で、今日から岐阜の清流大会へ出かけていきました!

 

 県代表のジャージ、なかなかいいデザインじゃあないか 
 


 駅に向かう大ちゃん♪  ファイト 
  
  イエス様と行ってらっしゃ〜い 



 さて、本日金曜日から、昼間のベッドの空きができたということで

夜間透析から昼間の透析へと移動になります。

昼間のベッドが空いたら移動願いを出していたとは言え、まさかこんなに早く??笑

夜の透析にようやく生活のリズムがなれた頃だったので、正直ちょっと複雑

実は、本当は夜の方が、昼間に動ける時間がずっと増えるので、夜間透析の方が断然いい。

朝から透析に行くと、その日が一日何もできなくなる。

帰ってくるととにかく横になりたくなるし、夕食も随分手抜きになってしまうからだ


現に、夜間透析にしてから、いろんなことが出来るようになって、忙しいながらも

実に毎日が楽しかった

毎日のお料理だって、新しいおかずに挑戦してみたり、家のことすべて済ませる余裕ができ、

ありきたりのことが普通にできる楽しさがあった

しかし、これも神の導き。

現に、寒い冬が来る前に、昼の透析に変わることができるようにと

愛を持って祈ってくれていた姉妹がいる。

祈りのうちに支えられ、導かれているという確信は、

どこにでも主と共に遣わされているという思いを新たにする

昼間の透析に変わることで、さらに豊かに働かれる神を知る

昼に変わることで、福音を伝えたい人がいる


福音を伝えること

それはイエスのいのちをその人の前に持ち運ぶことだ

私自身は、イエス様をお乗せするロバに過ぎないが

この尊いお方の臨在を持ち運ぶ器とされていることは

なんという恵み、特権であろう

でわ、そろそろ透析に行ってきま〜す!



| | 07:13 | comments(0) | trackbacks(0) |
イエスを知ることがすべて
最近は接骨院に通い始めたせいもあってか、他の用事も入り毎日があわただしい

やっと透析の時間、という頃にはすっかりお疲れモード

昨日は透析から帰っても疲れのせいか、なかなか寝付けなかった

弱さの中に置かれる・・これが神の祝福のサイン

早速、主はその恵みを備えてくださった

今朝は主人は釣りに、息子は部活へと出かけて行き、

娘と二人になり、いろんなことを話す時間が与えられた


自然に御言葉の話しになり、福音を語った・・・


福音は、イエスはあなたの罪のために十字架にかかって死なれ、三日目によみがえってくださった

だからこのイエスを信じて、天国に行きましょう


みたいな、薄っぺらな言葉上のものではない 

もちろん、福音が薄っぺらなのではなく、神の贖いの深遠なる恵みを薄っぺらにしてしまったのは

ほかならぬ人間であり、人垢まみれた宗教なのだ


娘自身が抱えている問題をとおして

神が最終的に導かれる場所は、イエスを知る、ことだと話した。

求めてみる、と娘は言った。

娘は自分自身の力では、神の御心に従えない・・といった。

それを知ることはなんという恵みだろう!

娘自身がイエスを救い主と内側から知る そのことのために

神はあえて色々なことを通されるのだ。





はたして、イエスを知るとは、どういうことか。

イエスというお方が、祈りを聞かれるお方で、いつくしみ深く、愛に富み、赦しに富んでおられるのか。。

を知ることであろうか。確かにそれも、イエスを知るということにおいての一部分である


イエスを知るということ

それはキリストの足跡にしたがい、 「十字架の死」 というキリストが残された足跡に 

(例えて言えば、まるで砂浜にくっきりと残った足跡に、神の導きによって実際に自分もそこに立たされるがごとく)

自分の足も踏み入れられる経験 だ

しかも、十字架の死が、自らの死にとどまるだけではない。それは十字架の死の入口にすぎないのである。

他の人のために「十字架の死」の足跡に、踏み入れられることである

それが、キリストの死と同じようにされるということである。

キリストの死に継ぎ合わされるとは、

神が愛しておられる人のために、自らを死に明け渡すこと

その死は絶望であろうか NO!

死はキリストによってすでに刺は完全に抜かれているのである。

死は勝利に呑まれているのである!!丸呑みされているのだ!!しかも、

死んでいる者にサタンはそれ以上もはや手を出す術はないのだ

死者をもよみがえらせてくださる神(コリント僑院В后砲鮹里

キリストの死と同じようにされることによって、キリストの贖いの深遠さにはじめて触れる者とされる

それは人知を超えた、深き神の愛の中に、共に置かれることである!

世の中の常識を越え、善悪を超え、思い描いてもいなかったほどの愛だ

すべての思いがひっくり返されるほどの愛である

十字架を知ることが、イエスを知ること 


 「主よ、われらの神よ、あなたは栄光と誉れと力とを受けるにふさわしい方です」

  黙示録 4:11

 24人の長老が自分の冠をみ座の前に投げ出して言った言葉である。

 栄光と誉れと力を受けるにふさわしい、と、いうほどにイエスを知った・・のだ

  
 栄光と誉れと力を受けるにふさわしいお方であると、

 知らされて神をあがめることができるのはなんと幸いなことだろう


 
「 私は、キリストとその復活の力を知り、
  
またキリストの苦しみにあずかることも知って、

 キリストの死と、同じ状態になり、

どうにかして、死者の中からの復活に達したいのです。

私は、すでに得たのでもなく、すでに完全にされているのでもありません。

ただ捕えようとして、追求しているのです。

そして、それを得るようにとキリスト・イエスが私を捕えてくださったのです。 」

              ピリピ3:10〜
 





















| | 09:16 | comments(4) | trackbacks(0) |
完治!!
 ハレルヤ!

今日は主人の病院へ先週受けた検査の結果を聞きに行ってきました♪

結果、異常なし!!

5年が経ちました〜!! .+:。☆ Σd(゚∀゚d)ォゥィェ!!!

いつもは水曜日の午前中は透析で主人の病院にはついていくことはできなかったけど

夜間透析になったおかげで今日は付き添い 直接主治医の先生から

「5年が経ちました!おめでとうございます!」 と夫婦ふたりで聞かせていただくことができ

主の特別な計らいを感じました。


血液内科で診察を待つ間、いろんな事を思い返していました。

診察室の入口に血圧計が置いてあるのですが

血圧を何度も測っていたおじいさんの事を思い出します

               ↓
http://plaza.rakuten.co.jp/hidamariroom/diary/200711220001/

待合室で二人で笑いをこらえるのが精一杯になるほど本当に笑った。

あのおじいさんが・・というよりも、あの時にあんなふうにして笑いさえも与えた下さった

主の素敵な恵みを今でも忘れることができません。

御言葉により、その御力をもって支え、癒しとなってくださった

主イエスに栄光と誉れがありますように!

主だけが高らかに褒め称えられますように!!


主の深い憐れみと真実を心から賛美いたします。

 
「兄弟たちよ、私はあなたがたが、アシア〔州〕において起こった私たちの患難について、無知でいてほしくない。なぜならば、私たちは〔自分たちの〕力を越えて極度に圧迫され、その結果、私たちは生きることをさえ断念した〔ほどだった〕からである。

実際、私たちは自分自身への死の宣告を受けたのである。それは私たちが、自分自身にではなくて、むしろ死者たちを起こされる神に〔こそ〕信頼をおく者となるためであった。

その神は、このように甚しい死〔の危険〕から私たちを救って下さったのであり、また〔今後も〕救って下さるであろう。私たちはその神に希望をおいているのである、[すなわち]〔その神は〕なおも救って下さるであろう、と。

〔その際〕あなたがたも、私たちのために、祈りにおいて共に働いてくれるのだ。

それは、多くの人たちから〔与えられた〕私たちへの恵み〔のゆえに〕、多くの人たちによって、私たちのために感謝が捧げられるためである。


 第二コリント1:8〜



改めてお祈りくださった多くの兄弟姉妹の皆様に

心から感謝いたします。本当にありがとうございました。

 
 





| | 13:46 | comments(6) | trackbacks(0) |
神は素晴らしい!!
 今日はちょっと用があって以前通っていた透析の病院へ行った。

受付に事務員さんが見えて、私の顔を見るなり、笑顔で出迎えてくれた。

用件を伝えた後、その事務員さんはこう話してくれた。

「candyさんのおかげで、うちの病院でも5時間透析が始まったんですよ!」


Σd(゚∀゚d) !!

「私は何もしてませんけど・・・汗」

事務員さん 「candyさんが話してくださったからです」

私 「あら・・じゃあ私病院をかわらなくっても良かったのかしら?」

事務員さん 「いえ、移られたからこそ、変わったんですよ」


 ビックりだ!!

 普通転院するとき、本当の理由はあまり話さない。

 引っ越すとか、そちらの方が家が近いとか、の理由で転院することはあっても、

 こちらの病院より、あっちの方がいいなどとは言うことはない。

 私が転院する時は正直に答えた。

 5年、10年は透析不足の影響はあまり体に現れることはない。

 しかし、20年、30年経って、4時間透析をしてきたのか、

 5時間してきたのかでは、明らかな差となってからだのあちこちに出てくる。

 体に少しづつ取り残されてきた毒素は合併症を引き起こす。

 今は良くても、透析の不足は、時を経た時に あちこちにたまった毒素によって

 体の自由が奪われていくのだ。

 体の大きな私は、なおのこと、透析の不足は深刻。

 
 そんな理由を話した時、婦長さんは理解を示してくれた。

 いろいろな情報が飛び交う中、良い透析がどんどん進んでいることは知っておられた

 しかし、予算や院長の考え方によって病院の方針は決まっていき、すぐには変えられない

と話してくださり、快く転院を祝福してくださった。
 
 
 その後、同じ透析仲間に、転院後の体調の変化など、十分な透析がもたらす体の劇的な変化は

 
 それを聞いた人々によって、病院に対し今出来る範囲のことをして欲しいという願いが起こった。

 あれほどかたくなに4時間以上はやらないと拒んでいた病院の態度は軟化、

 5時間透析が可能になったのだ

 
  おぉ〜!!主は素晴らしい! 

  まだ他に問題は有るが、なんという一歩だろう!!

  こんなことが起こるなんて、思いもよらなかった!!

 なんという恵み! 

 他の用事があって病院を訪ねたのだけど、

 こんな良き知らせを知らせてくださった主の憐れみに

 心から感謝しながら、病院を後にした。

 ハレルヤ!

  

  





  

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