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十字架の恵みが溢れて

主が治めておられます。私たちはそれを大胆に断言します。
私たちの主イエス・キリストが治めておられます。
彼は万物の主です。
なにものも彼の権威を損なうことはできません。
中国と日本における主の権益を損なうために世に出てきているのは、霊の軍勢です。ですから、私たちは中国のために祈りません。日本のために祈りません。
私たちは中国と日本におけるあなたの御子の権益のために祈ります。
私たちはいかなる人も責めません。なぜなら、彼らはあなたの敵の手の中にある道具にすぎないからです。
私たちはあなたの御旨のために立ちます。
おお主よ、暗闇の王国を粉砕して下さい。
あなたの教会に対する迫害があなたを傷つけているからです。アーメン

〜ウオッチマン・ニーの祈り〜
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幸せそう
 昨年、クリスマス礼拝に行った主人が

「教会の人って皆幸せそうだね。

何故かわからんけど、そう感じた。」と言った。
 
実はこの言葉、教会を離れていかれたある姉妹も同じことを話してくださったことがあった。

みんな幸せそう・・それがいい、悪い、ということをいうのではない。

しかし、


 幸せそう・・という言葉は、自分はその外に居て、その光景をじっと眺めている・・そんな言葉だ。



 幸せがダメといっているのではない

 ただ、それは、なにも失っていない・・と言い換えることができるのかもしれない。
 
 キリストにある歩みは、日々、十字架を負って付いてゆくことであり、それは

 日々、わたしの(キリスト)ために命を失う歩みであるからだ。

パウロはこんなことを言った

「いつもイエスの死をこの身に負うている。それはまた、イエスのいのちが、この身に現れるためである。

わたしたち生きている者は、イエスのために絶えず死に渡されているのである。

それはイエスのいのちが、わたしたちの死ぬべき肉体に現れるためである。

こうして、死はわたしたちのうちに働き、いのちはあなたがたのうちに働くのである。」
     コリント僑粥В隠亜腺隠

 
 死が働くとは、失うことである。

 しかし、その血が滴るような失いつつある命から、

 ほかの人々に注がれてゆくのだ

 ちょうど、ワインとなるぶどうの実が、

押しつぶされて果汁が注がれることに似ている

その搾り取られた果汁は、ぶどうの実自身のためではなく、それを取って飲む人のためにある

 
 なので、失うことがなければ、いのちは多くの人々に流れ出ることはない。

「 自分の十字架を担ってわたしに従わない者は、わたしにふさわしくない。

自分の命を得ようとする者は、それを失い、

わたしのために命を失う者は、かえってそれを得るのである。
」マタイ10:38

 


 キリストのために日々失うことなくして、

 そのいのちは流れゆくことはない。

  いのちを日々失う十字架の歩みへと

 主よ、導いてください。

 もはや私ではなく、キリスト、

 お言葉通りこの身になりますように

 
  

 

 

 
 

 

  





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コメント
ハレルヤ!
主に感謝します。
新年早々、素晴らしいメッセージを預かることができてとても感謝します。
この世はサタンのもので、多くの不法、不平、矛盾、理不尽に満ちております。
サタンの力は本当に強いです。
教会に通っているクリスチャン達の想いまでも支配し利用してきます。
命が測られるのは得ることでなく失うことによります。
葡萄酒はどれだけ飲んだかによるものでなく、どれだけ注ぎ出すかによります。
愛の最大の力は、愛の中で犠牲にすることであり、最も苦しみを受けたものが、最も多く与えるものをもっているからです。

今年も日々、主の恵みを享受しましょう!
主イエス・キリストは救い主です!




あと、


明けましておめでとうございます…(`・ω・´)
| Golden Eagle | 2014/01/03 12:37 AM |

Golden Eagle さんへ

あけましておめでとうございます。
いつもブログを読んでくださり、またコメントを頂き、心から感謝いたします。

確かに、サタンの働きは強く、また巧妙です。
それに対して私たちは無力です。しかし、あのものに勝利された方が信じるものの内におられる、これこそが私たちの確信です!
サタンの働きさえも、キリストにある者(従うもの)にとっては、すべてが益となるよう、主の導きと計らいは完全です。すべてが治められており、一切のことが主が褒め称えられることへと変えられるのですから!

>命が測られるのは得ることでなく失うことによります。
葡萄酒はどれだけ飲んだかによるものでなく、どれだけ注ぎ出すかによります。
愛の最大の力は、愛の中で犠牲にすることであり、最も苦しみを受けたものが、最も多く与えるものをもっているからです。

 アーメン。
こちらこそ、素晴らしいメッセージを感謝いたします。
愛の犠牲、それは自らのいのちのうちにはなく、
私の内に生きておられるキリスト。十字架の上で命までも捨ててくださった方と一つにされる、この方の死と一つにされることによります。(日々)

 真理の霊なる方が次の御言葉を照らしてくださいますように。
「・・・私が父のうちにおり、あなたがたが私

のうちにおり、私もあなたがたのうちにいることを。」 ヨハネ14:20

この確信こそ、主イエス様が真に伝えたかった信仰です。
この主イエスの信仰の内に、共に、十字架を通して引き寄せられ、真実に愛することをますます主ご自身から学ぶことができますように。

主の祝福をお祈りいたします。


| candy | 2014/01/05 12:30 AM |

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