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十字架の恵みが溢れて

主が治めておられます。私たちはそれを大胆に断言します。
私たちの主イエス・キリストが治めておられます。
彼は万物の主です。
なにものも彼の権威を損なうことはできません。
中国と日本における主の権益を損なうために世に出てきているのは、霊の軍勢です。ですから、私たちは中国のために祈りません。日本のために祈りません。
私たちは中国と日本におけるあなたの御子の権益のために祈ります。
私たちはいかなる人も責めません。なぜなら、彼らはあなたの敵の手の中にある道具にすぎないからです。
私たちはあなたの御旨のために立ちます。
おお主よ、暗闇の王国を粉砕して下さい。
あなたの教会に対する迫害があなたを傷つけているからです。アーメン

〜ウオッチマン・ニーの祈り〜
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いのちのことで
 今日は、引っ越してきた地元の透析病院の院長先生のところに面談に行ってきた。

 以前にもブログに書いたが
 http://toku-sati.jugem.jp/?day=20130714 

オーバーナイト透析=(夜9時に始まり翌朝5時に終了する。

夜寝ている時間を使って透析をすることで、日常への生活の拘束がなくなる。

長時間透析をすることで効率のよい透析ができるなどの利点がある。)

のための面談だ。なぜ面談が必要かというと、夜眠っている間に透析を行うので

透析が安定していない患者さんはオーバーナイトにはむかない

なぜなら、寝ている間にいちいち血圧が不安定になり、測定が必要だということでは

眠ることができなくなってしまう。そのほか、心臓に異常がないか、シャントは問題が無いかなど

条件があるのだ。


以前ブログで書いたときには、内覧会には行ったものの、どうなるかはわからなかった。

いろいろな条件や6床しかないベッド・・

これは自分から動くことではない・・と主の御心に委ねた。

ところがつい先日、オーバーナイトの病院を紹介してくれた看護師さんが、

オーバーナイト透析の件はどうされる予定か、と尋ねてこられたのだ。私は

「どうするも何も、厳しい条件であることやベッドが6床しかないから、

すぐに埋まるだろうと半ばあきらめてましたけど・・」笑

と答えた。

すると実は、まだ1床空きがあるのだという。

まだ希望者は他にいるのだが、まだ決まってはいない。とのこと。

院長に会うだけ会ってみたら?・・と。

空きがあるということも、実はその病院の透析センター長とその看護師さんは友人の関係であり、

私がオーバーナイトを希望しているという話をしてくださっていたこと。

その患者さんはどうなっているかと

わざわざ連絡が入ったそうなのだ。

希望すれば、院長の面談が受けれるとのことで、早速行ってみることにした。



・・・しかし、色々考えることは多い。実際、夜間、家を空けるということに対する抵抗や

今の病院は、普通の病院がやらないような、精一杯の透析を行なってくれている。

そのおかげで自らが透析患者であることすら忘れるほど、体調がいい。

他の病院に転院して、透析などの違いから、調子を崩したくない。という思いもある。

などなど、あげれば他にも不安材料はいくつでもある。

しかし・・・ 

私の思いではなく、全てのことは、主の御心ならば・・なのだ。

先日、ある出来事を通して、主は御言葉をくださった。


 「何を食べようか、何を飲もうかと、自分の命のことで 思いわずらい、

何を着ようかと自分のからだのことで思いわずらうな。」   マタイ6:25

ある姉妹との交わりの中で、示してくださった御言葉だった。



  何を食べよう、何を飲もう とは ありふれた毎日の中の一こま一こまの中に溢れていることだ。

 食べること、飲むことという、生きていくために必要なことを取り上げた上で、

 自分のいのちのことで思い煩うな・・

 という主の御声は 私の心を捉えた。

 透析は食べること、飲むことと直結している。

 当然、どちらも生きていくために必要なことなのだ。

 ところが、

 すべてご存知な主は、自分のいのちのことで思い煩うな。

 という力強いお言葉によって

 私のあれやこれやと思い煩う

 ざわついた波のような思いを一気に静めてくださった。


 たといどのような状況になろうとも、思い煩いは不要なのだ

 復活のキリストに堅く結び合わされたゆえに・・。 ハレルヤ!


 で、・・今日の面談。

 こうなれば、もうどちらの病院に通うことになろうとも、

 主が行きなさいという所へ(また、とどまりなさいという所へ)

 一切は主がその御心をなさるので

 私は従うだけだ。

 
   初対面、しかも、病院長にいきなり要望するのも変な話だが、

 面談で、今の病院が行なっている透析の素晴らしさを

 思いっきりアピールしてきた 笑

 時間の長さも大切だが、
血流量= (「血液流量」とは、1分間に穿刺(センシ)された血管から血液を引き出す量のこと)

 の違いが、こんなにも体の調子を良くすること。

 30年後40年後の体調に大きな差が出ること。

 もし、オーバーナイトで受け入れてくださるときは、自ら実験台(もちろん自己責任で)になるので、
 
 血流量を最大でお願いしたいことなど、初対面の面談で図々しく話してきた。

 現病院で、毎分500mlの血流量で透析を行なっていることに院長は目を丸くして驚いていたが・・・

 伝えるべきことを伝えることができただけでも何よりの感謝だった。

 逆に、こんなに図々しい患者?を受け入れてくれるかどうかは甚だ疑問に思うが。。笑

 

 
 
 
  今通っている病院へは、1時間30分かけて週三回通っている。

遠いといえば遠いのだが、実際、苦痛だとは思っていない。

なぜなら、 家事や色々な用事に心奪われることも無く、

ひとりになれる時間なのだ。

よく、piano worshipなどを聞きながら運転していくのだが、

実はこの賛美のCDすら主の前に出るとき邪魔になる

主に祈るといっても、多くの言葉をあれやこれやと並べたてて祈るのではない

静まり、ただ主を待ち望む 祈ることすら、もはや私によらず、ただ、主イエスなのだ

主ご自身に頼りつつ待ち望むことの恵み 

 賛美CDでも気分でもない、教会堂という場所や礼拝の雰囲気でもない。

 ただ一人の仲介者だけが

いつでも主の臨在の中へと引き上げてくださるのだ。


 すべての出来事の中に、主が居られる


  「 主は私の羊飼い。私は、乏しいことがありません。

主は私を緑の牧場に伏させ、いこいの水のほとりに伴われます。

主は私のたましいを生き返らせ、御名のために、

 私を義の道に導かれます。

たとい、死の陰の谷を歩くことがあっても、

私はわざわいを恐れません。

あなたが私とともにおられますから。 (これこそがすべて!ハレルヤ!)

あなたのむちとあなたの杖、それが私の慰めです。

私の敵の前で、あなたは私のために食事をととのえ、私の頭に油をそそいでくださいます。

私の杯は、あふれています。

まことに、私のいのちの日の限り、いつくしみと恵みとが、私を追って来るでしょう。

私は、いつまでも、主の家に住まいましょう

 詩篇23:1〜






| | 20:51 | comments(2) | trackbacks(0) |
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コメント
candyさん、こんにちは。
オーバーナイト、こういうサービスがあるんですね。知りませんでした。
でも確かに一泊泊まることになるので、いろんな不安とかもありますね。
でもそれも主の御手の中。
確かに体質に合うのなら、日常の負担も少ないですしね。
主の御心が現されるよう、お祈りしますね。
そして何よりも、更に主との交わりが深まり、濃密になりますように☆
| みのみの | 2013/09/22 7:54 AM |

みのみのさんへ

いつも覚えてお祈りくださること、心から感謝いたします。

そうなんです、夜はやっぱり家族と
一緒にすごす、という思いもありますしね。
でもすべては主の御心がなされるように・・ですね

主との交わりが深まり、濃密になり・・

アーメンです!

みのみのさんの体調がさらに支えられますようにお祈りしていますね。
| candy | 2013/09/23 5:39 PM |

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