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十字架の恵みが溢れて

主が治めておられます。私たちはそれを大胆に断言します。
私たちの主イエス・キリストが治めておられます。
彼は万物の主です。
なにものも彼の権威を損なうことはできません。
中国と日本における主の権益を損なうために世に出てきているのは、霊の軍勢です。ですから、私たちは中国のために祈りません。日本のために祈りません。
私たちは中国と日本におけるあなたの御子の権益のために祈ります。
私たちはいかなる人も責めません。なぜなら、彼らはあなたの敵の手の中にある道具にすぎないからです。
私たちはあなたの御旨のために立ちます。
おお主よ、暗闇の王国を粉砕して下さい。
あなたの教会に対する迫害があなたを傷つけているからです。アーメン

〜ウオッチマン・ニーの祈り〜
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きみもそこにいたのか 聖歌400
 主人の会社でもう3人も退職していった。

もともと10人ぐらいしかいない会社なので、三人の穴は大きい

5年前に悪性リンパ腫をわずらって以来、

現場を引退し、会社の倉庫で自販機の中のコンピューターの設定などを行なっていたが

再び現場へ出て設置することに。

自販機をポンッと置けばそれで終わりというものではなく、移動、設置、設定、水道工事、などなどやることはたくさんある。

今年の猛暑の中、焼けるように熱くなった数百キロの自販機を遠くまで移動させるのはどんなに大変かと思う。

幾度も熱中症になり、その場から動けなくなったこともしばしば。 

そんな中で、先日ある店舗で、古い水道管を工事し、破裂し、どうにもならない状態になったと電話が入った。

今日は帰れないかも・・といつも弱さを口にすることのない主人が、もうこんな仕事辞めて逃げ出したい・・

と・・。値下げ値下げで報われることのない仕事に、ほとほと疲れてしまっている


以前はテレビで鬱の人の話題になると、なぜ鬱になるかがわからないといっていた主人が、

鬱になっていくことがわかるような気がすると、テレビを見ていた主人が言った。

先日の日曜日、ゆっくり休んで・・と伝えたが、主人はそれでも礼拝へ向かった。

色々な圧迫の中、主人なりに主を求めている 

共に礼拝をささげることが、不思議なほどとても自然に感じる

夫婦は本当にひとつなのだ。

だからといって、主人に対し、ここぞとばかり聖書の話を無理に持ち出したりしようとは思わない。

ただじっと主を待つのだ。 

「エルサレムの娘たち。私はあなたがたに誓っていただきます。

揺り起こしたり、かき立てたりしないでください。愛が目ざめたいと思うときまでは。」 

 雅歌 8:4



「あなたの道は海の中にあり、
 あなたの通られる道は大水の中にある。
 あなたの踏み行かれる跡を知る者はない。」

  詩篇77:20

 

 主は驚くべきことをなさる神

 その仕方を決して理解したり、言葉で言い表したりはできない。

 死人が生き返るその御業をどうして説明したりできよう。

 大水に飲み込まれ、ただ死にとどまり、

 主のみを待ち望むことを教えてくださる。

 神がそこを通られるからだ ハレルヤ! 


 「わたしの民よ。わたしがあなたがたの墓を開き、あなたがたを墓から引き上げるとき、あなたがたは、わたしが主であることを知ろう。」 

 エゼキエル37:13

 
 墓から引き上げられた者の幸い 主の御顔を仰ぎ見る


  「きみもそこにいたのか」 聖歌400

 昨日礼拝でささげた賛美だった。

 この歌詞が、今までとは違った意味で心に迫った
 
きみもそこにいた・・と、今までは、まるでキリストが釘付けられた光景を

十字架の下で見上げているかのように思い浮かべていた。

・・しかし、そうではない。

私は、キリストのその裂かれたわき腹の中に隠され、

確かに「そこにいた」のだ。

キリストの死は私の死であり、キリストの処刑は私の処刑とみなされたのです。

「そこにいる」とは傍観者としてではない

 キリストと共に死に、墓に下り、

 死者の中から復活されたキリストのいのちに生き、

 死んでくださった方のために生きる者とされたのだ。

 「そこにいたのか」という言葉が、

 生き生きと私のものとして迫ってきたのである。 



〃もそこに居たのか  主が十字架に付くとき
 
ああ・・ 何だか心が震(ふる)える  震える  震える

  君もそこに居たのか


君も聞いていたのか  釘(くぎ)を打ち込む音を

  ああ・・ 何だか心が震(ふる)える  震える  震える

  君も聞いていたのか


7も眺(なが)めてたのか  血潮(ちしお)が流れるのを

  ああ・・ 何だか心が震(ふる)える  震える  震える

  君も眺(なが)めてたのか


しも気が付いたのか  突然日が陰(かげ)るのを

  ああ・・ 何だか心が震(ふる)える  震える  震える

  君も気が付いたのか


シも墓に行ったのか  主をば葬(ほうむ)る為に

  ああ・・ 何だか心が震(ふる)える  震える  震える

  君も墓に行ったのか



 「私たちも行って、彼と共に死のうではありませんか」

  ヨハネ11:16
| 恵み | 21:59 | comments(4) | trackbacks(0) |
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コメント
私たちも!共に!行って・・
彼と!死にましょう。
| イチゴ | 2013/08/28 11:57 PM |

イチゴ姉さん

アーメン!
| candy | 2013/08/29 8:35 AM |

私もこの賛美歌がとても好きです。
繰り返し心の中で歌っていることがあります。

死んだような弱さの中で、完全に主の力が働くのです!
凄いことです。感謝なことです。此処に安息しています。
| ムベ | 2013/08/29 10:47 AM |

ムベ姉妹へ

賛美の中で、十字架のそばにという有名な賛美がありますが・・

十字架の影に 行きし時に
御神の愛を 悟り得たり〜♪

以前はよく意味もわからずに歌っていました。

しかし、死んだような弱さの中に置かれる、「十字架の影」なんですよね。
十字架の死に合わせられるとき、復活の主を、言葉に言い表すことができない主を知るのですね

「私の主、私の神」・・と主を崇めます!

本当に驚くべきことです!

感謝なことですね!アーメンです




| candy | 2013/08/29 4:58 PM |

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