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十字架の恵みが溢れて

主が治めておられます。私たちはそれを大胆に断言します。
私たちの主イエス・キリストが治めておられます。
彼は万物の主です。
なにものも彼の権威を損なうことはできません。
中国と日本における主の権益を損なうために世に出てきているのは、霊の軍勢です。ですから、私たちは中国のために祈りません。日本のために祈りません。
私たちは中国と日本におけるあなたの御子の権益のために祈ります。
私たちはいかなる人も責めません。なぜなら、彼らはあなたの敵の手の中にある道具にすぎないからです。
私たちはあなたの御旨のために立ちます。
おお主よ、暗闇の王国を粉砕して下さい。
あなたの教会に対する迫害があなたを傷つけているからです。アーメン

〜ウオッチマン・ニーの祈り〜
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ヘブル的視点から
 最近、ヘブル的な視点(イエスの時代に話されていた言語、その生活背景)から聖書を解釈することに対して、道が開かれてきている事を思います。

御言葉はもともと、その時代のヘブル的表現、ユダヤ的背景をもって語られていたもの

ところがへブル語からギリシャ語へと翻訳され、

その段階で、本来、イエスが伝えようとされた意味とは違ったもの、ボタンの掛け違いのような訳へと置き変わってしまっている所が意外と多いことに気がつかされ、目から鱗状態です。


それが今の時に、イエスが語られたへブル語、そして、その時代背景から理解することへの道が

開かれてきていることは、神の不思議な恵み、導きを感じます。



   そのうちの一つ   (以下は牧師の書斎より簡単にまとめました)


  「 
狭い戸口を通って入るよう、〔必死に〕努めよ。なぜならば、私はあなたたちに言う、多くの人が中に入ることを求めるが、それができないからだ。」

  岩波訳  ルカ13:24

 「狭い戸口から入るように努めなさい。言っておくが、入ろうとしても入れない人が多いのだ。」

 共同訳 

 「努力して狭い門からはいりなさい。なぜなら、あなたがたに言いますが、はいろうとしても、はいれなくなる人が多いのですから。」

 新改訳  


  どの聖書も「努力する、必死に」 というように訳されています。

 原文のギリシャ語は「アゴーニゾマイ」という言葉が使われていて、

「競技で勝敗を競う、福音のために苦闘する、獲得しようと努力奮闘する」

という意味から、努力とか、必死に、全力を尽くして、というような訳になるのは仕方のないことです。

狭い所に大勢の者が押しかけることで狭き門というのであれば、「アゴーニゾマイ」でも構わないはずです。

しかしここで言われている「狭き門」とは「それを見出す者がきわめてまれであるという意味です(マタイ7:13〜14も参照)。とすれば、「努力して」という言い回しはどうみても不自然になります。
    

 ヘブル語はここを「アーマツ」という言葉が使われています。

これは励ましを意味する言葉だそうです。

強くあれ、雄々しくあれ=ヘブル語で「ハザク・ヴェ・エマーツ」で

後者の「エマーツ」אֱמָץが「アーマツ」אָמַץの命令形で

これは「雄々しくあれ」という激励用語なのだそうです。

そしてこの御言葉が語られた背景には 少数であることに対する恐れがありました。

文脈の流れの中で、ルカ12:32に「小さな群れよ。恐れることはありません。あなたがたの父である神は、喜んであなたがたに御国をお与えになるからです。」とあります。

小さいこと、少ないことを恐れる者にイエスは神の国は将来必ず大きく膨れ上がること

文脈は神の国について「からし種」と「バン種」の二つのたとえが語られた後です。

「多くの者たちが見向きしなくとも、注目しなくとも、雄々しく、勇気をもって、いのちに至る門から入るように」

と励ましていると同時に、継続的に「雄々しくあり続ける」ことが

(ヘブル語の時制は完了と未完了の二つしかないことから)求められているのです。



 ギリシャ語から伝わってくる意味とは随分違う事を思わされますね


 だれでも大きいことや多いことを求めます。しかし、

多くの者たちがそうした広・い・門から入り、広い道を歩もうとします。

しかしイエスの言われるのはそれとは真逆です。


多くの者たちが見向きしない門、注目しない道を歩むためには、

小さいこと、少ないことを恐れることなく、常に、いつも雄々しくいのちに至る門から入るようにと勧められているのです 

しかし、このことを知り、狭き門から入る人は・・また まれなのかもしれません。

        
 

「私たちの間ですでに確信されている出来事については、多くの人が記事にまとめて書き上げようと、すでに試みておりますので、

 初めからの目撃者で、みことばに仕える者となった人々が、私たちに伝えたそのとおりを、

私も、すべてのことを初めから綿密に調べておりますから、あなたのために、順序を立てて書いて差し上げるのがよいと思います。尊敬するテオピロ殿。

 それによって、すでに教えを受けられた事がらが正確な事実であることを、よくわかっていただきたいと存じます。 


  ルカ1:1〜


     
| 御言葉の分かち合い | 15:34 | comments(2) | trackbacks(0) |
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コメント
candyさん、こんにちは。
とても興味深く読ませて頂きました。
本当にそうですね、このルカ13章のみことば、有名な箇所ですが、でもイエス様が語られた意味と違う意味で訳されていますね。
改めてヘブル的な聖書の読み方、そして理解の仕方の大切さを教えられました。

でも感謝ですね、candyさんもヘブル的な視点から聖書を解釈する事に対して目が開かれて。
イエス様はユダヤ人でしたし、ユダヤ的な背景、文化の中で語られているので、異邦人である我々が我々の文化的な視点から読もうとするとおかしな解釈が出て来るんですよね。
ぼくもここ数年、そういう風に導かれ、開かれています。
神様の本当に不思議な恵みであり導きなんだなぁって思わされています。
そしてこうやって分かち合えること、とっても感謝です。
| みのみの | 2012/05/06 2:16 AM |

みのみのさんへ

本当に不思議な導きですよね。

いのちに至る門には、本当に納得ですよね。

ハーベストタイムから出ているDVDとても興味深々です。教えてくださって感謝です。
これからさらにこのような理解がどんどん開かれて来る、神の深いご計画の素晴らしさに共に与り、共に知ることができますように

みのみのさんの学びがさらに祝福され続けますようにお祈りしています。


| candy | 2012/05/07 12:14 AM |

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