SELECTED ENTRIES
RECENT COMMENTS
RECENT TRACKBACK
CATEGORIES
ARCHIVES
LINKS
PROFILE
MOBILE
qrcode
フラワー

動物をクリックしてみてね^^
SPONSORED LINKS

12
--
1
2
3
4
5
6
7
8
9
10
11
12
13
14
15
16
17
18
19
20
21
22
23
24
25
26
27
28
29
30
31
--
>>
<<
--

十字架の恵みが溢れて

主が治めておられます。私たちはそれを大胆に断言します。
私たちの主イエス・キリストが治めておられます。
彼は万物の主です。
なにものも彼の権威を損なうことはできません。
中国と日本における主の権益を損なうために世に出てきているのは、霊の軍勢です。ですから、私たちは中国のために祈りません。日本のために祈りません。
私たちは中国と日本におけるあなたの御子の権益のために祈ります。
私たちはいかなる人も責めません。なぜなら、彼らはあなたの敵の手の中にある道具にすぎないからです。
私たちはあなたの御旨のために立ちます。
おお主よ、暗闇の王国を粉砕して下さい。
あなたの教会に対する迫害があなたを傷つけているからです。アーメン

〜ウオッチマン・ニーの祈り〜
<< ご紹介 「笹尾鉄三郎説教集」 | main | 祈り >>
スポンサーサイト

一定期間更新がないため広告を表示しています

| - | | - | - |
外なる人が朽ち果て
 「それゆえに私たちは、失望することはない。むしろ、たとえ私たちの外なる人は朽ち果てても、

しかし私たちの内なる人は、日ごとに新たにされるのである」
 
 第二コリント 4:16


 
 外なる人が朽ち果てても。。。

 これは文字通り、まさに朽ち果てることを意味する

 年齢を重ねると、この肉の体においてですら、

 若いときに当たり前のように出来ていたことが一つ一つ出来なくなる事を感じるが、

 外なる人が十字架を経る、聖霊の対処を受け続けると、

 今まで出来ていたことのすべてが、剥ぎ取られたかのように出来なくなる

 それは、今まで見えていたものが、見えなくなる。

 聞こえていたものが聞こえなくなる。

 考えることが出来ていたのにそれすらも考えられなくなる。

 祈ることすらもままならなくなる。いったい自分はどうなってしまったのだろうと、

 まるで何もなくなってしまったかのようになり

不安におののいてしまう

 本当に衰え、剥ぎ取られ、このようにして『外なる人』は朽ち果てていくのである。

 
 足元はとても不安定で、まるで足場を失ってしまったかのようなおののきすら感じ

 とても弱くされます。おののきと弱さと、恐れしかありません。

 肉にあっては、なんと辛く悲しいことでしょう。

 しかし、内なる人は、日々新たにされているとは、なんという驚きでしょう!


  
  外なる人が砕かれる(十字架を経る)ことなしに、神の力に真に頼る事を人は学ぶ、知ることが出来ません。

 それほどに人は、実は神にではなく、自らの力と知恵に頼って生きており、しかしそのことを自覚すら出来ないのが私たちなのです。

 神の啓示と知恵によらずして、神を知ることができないのと同様、自らの真の姿をも知ることができません。

  
 レビ記の2章に穀物のささげ物の記事が出てきます。

 これは人の手の業である奉仕について、なんと明確に主は御心を表しておられることでしょう。

 人の手の業である穀物のささげ物は、小麦粉でなければならない

 この小麦粉は砕かれたさま、謙遜と柔和さを表しています。
その上に、油を注ぎ、乳香を添えるのです。(レビ2:1)

 そして、主に捧げる穀物のささげ物に、パン種と蜜をすこしでもいれて作ってはいけないのです。
(レビ2:11)
 パン種は腐敗を表し、わずかであっても全体を膨らませるほど、影響を与えます。

 そして、蜜は火を通すことによってすっぱくなるんです。

 神の前に腐敗とすっぱさ混じる奉仕を捧げるのは、私のこの「外なる人」=砕かれない自己なのです。

 神の御心よりも、自己の思いを優先する奉仕、そのような自己中心な思いからくる奉仕、は

 火に通されると、すっぱくなる。

 パン種のように、腐敗が全体に広がり、影響を与えてしまうのです。



 なめらかにされた小麦粉、穀物のささげ物には、すべて塩で味付けされなければなりません。(レビ2:13)

 地の塩のような働き、奉仕、

 その秘訣は、ただ、外なる人が砕かれ、内なるいのち

 「もはや私ではなく、キリスト」にあるのです。

 
 「わたしは、キリストと共に十字架につけられています。

 生きているのは、もはやわたしではありません。

 キリストがわたしの内に生きておられるのです」

 ガラテヤ2:20

 
  
 

 
 

 
 
   
 
| 御言葉の分かち合い | 21:59 | comments(0) | trackbacks(0) |
スポンサーサイト
| - | 21:59 | - | - |
コメント
コメントする









この記事のトラックバックURL
http://toku-sati.jugem.jp/trackback/665
トラックバック