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十字架の恵みが溢れて

主が治めておられます。私たちはそれを大胆に断言します。
私たちの主イエス・キリストが治めておられます。
彼は万物の主です。
なにものも彼の権威を損なうことはできません。
中国と日本における主の権益を損なうために世に出てきているのは、霊の軍勢です。ですから、私たちは中国のために祈りません。日本のために祈りません。
私たちは中国と日本におけるあなたの御子の権益のために祈ります。
私たちはいかなる人も責めません。なぜなら、彼らはあなたの敵の手の中にある道具にすぎないからです。
私たちはあなたの御旨のために立ちます。
おお主よ、暗闇の王国を粉砕して下さい。
あなたの教会に対する迫害があなたを傷つけているからです。アーメン

〜ウオッチマン・ニーの祈り〜
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第四次元の危険

「 いのちのパン まことの食物  」

 クマ郎さんのブログより

 
   第四次元の危険 ジェフ・トゥール
 http://moriel.jp/news/wp-content/uploads/2010/05/danger-of-the-forth-dimention.pdf

  夢、幻、想像力という、“第四次元”の教えの主要な二つ目の誤りで書かれている、彼の“想像力”と“可視化(思い描くこと)”という考えです。

   以下はその一部より抜粋

英語のNASB訳で「想像力(imagination)」という言葉を調べるとそれは2個所にみられます

『富む者の財産はその堅固な城。自分ではそそり立つ城壁のように思っている。』(箴言18章11節)

『万軍の主はこう仰せられる。「あなたがたに預言する預言者たちのことばを聞くな。彼らはあなたがたをむなしいものにしようとしている。主の口からではなく、自分の心の幻を語っている。』(エレミヤ23章16節)

どちらの場合も惑わしについて語っています。富に頼る惑わしと、神のことばではなく自分たちの心にあるものを預言するという惑わしです。

今度は「複数形の想像力(imaginations)」を見てみると、それは一度登場します
『それゆえ、高慢が彼らの首飾りとなり、暴虐の着物が彼らをおおっている。彼らの目は脂肪でふくらみ、心の思いはあふれ出る。彼らはあざけり、悪意をもって語り、高い所からしいたげを告げる。』詩編73編6節−8節

これと共に典型的な箇所がエレミヤ17章9節です。
『人の心は何よりも陰険で、それは直らない。だれが、それを知ることができよう。』
聖書の中で想像力がどう扱われているかを簡潔に見るだけで、それが信頼出来ないものが分かります。彼ははこう語ります


 
『あなたが、自分の夫となるべき人をはっきり想像しない限り、注文はできません。なぜなら、父なる神は、ぼんやりとした祈りに答えることができないからです。』p.35

『幻と夢は「第四次元の言葉」です。聖霊は、幻と夢を通してご自身を伝達されたのです。幻と夢を通してのみ、飛躍的な教会成長を計画し、またそれを実現できます。新しい宣教地の開拓を目指し、信者の増大を計るのもみな、幻と夢によります。こうして、心の中に想起され、幻となり夢となったものが、未来において孵化し、ついにはヒナをかえすもとになるのです。』p.66

これは大変耳をくすぐるような話です。

要するに、ただ自分の心に明確なイメージを持ち、“信仰の法則”を使うことにより、あなたが欲しいものを“注文”でき、神がそれを与えられるということなのです。

そしてそう説明した後、彼は数千人が来る教会を想像し、それがどう実現したかを語っています。
実際には、聖霊はみことばを通して私たちにみこころを教えています(ヘブル1章1節、ヨハネ14章26節)。

『夢と幻によって私たちは、限界の壁を打ち破り、実に宇宙のはるか彼方、無限の世界にまではばたくことができるのです。「幻のない民は滅びる。」と聖書が語るとき、その意味するところが何であるか、十分納得されるでしょう。幻がなければ、創造することは不可能です。そして、創造していないならば、私たちの行き着くところは「滅び」でしかありません。』p.66(注…英語では“創造”ではなく、“創造的(creative)幻がなければ創造的になれないというのが正しい訳”)


彼は、祈りと私たちの行動についてイエスが大きな限界を設けられたことを忘れてしまっています。それは“神のみこころ”というものです。

  この続きは 第四次元の危険を是非、お読みください。

   
   
『万軍の主はこう仰せられる。
「あなたがたに預言する預言者たちのことばを聞くな。
彼らはあなたがたをむなしいものにしようとしている。
主の口からではなく、自分の心の幻を語っている。』

(エレミヤ23章16節)


キリスト教界の中には、このような、夢、幻、想像力なるものによって

 自分の思いを行おうとする欺きに囚われている人が実に多くいることを思う。


 「兄弟たちよ、あなたがたは共に私に倣う者となりなさい。そして、あなたがたと同様に私たちを模範として歩んでいる人たちに、目をとめなさい。

というのも、多くの人たちが ――彼らについて私はあなたがたにしばしば語ったし、今は涙にくれながら言うが ――キリストの十字架の敵として歩んでいるからである。

彼らの最後は滅びであり、彼らの神は〔自分の〕腹であり、そして〔彼らの〕栄光は彼らの恥のうちにあり、彼らは地上のことがら〔をのみ〕思い抱いている。

ピリピ3:18〜


「私は愛する者たちをこそ、皆叱責し懲らしめる。
だから、一生懸命になって悔い改めよ。

ほら、(今ここで)わたしは戸口に立って戸を叩いている、」
黙示録3;19〜

と言われたのは、未信者に対してではなく教会に対してであることを忘れてはならないと心から思う。

 

    
   
  
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| 兄弟姉妹のブログより | 11:28 | comments(2) | trackbacks(0) |
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コメント
教えて下さって感謝します。
私は昔このことで在る姉妹と議論をしたことがありました。

私は「主に教えなければならないことなんて何もない。」と思いました。
主は私の必要を、私よりもよくご存じだし、主のご計画の通りに成ることの方が、私の願い通りになるよりも、遙かに得だと思っていました。アハハ・・
単純な理屈なのですけれど・・。
| ムベ | 2011/06/16 3:09 PM |

ムベ姉妹へ

私自身も教えていただいた者です。

主に教えなければならないことなんてなにもない。

本当ですよね!主は私たちの口にのぼる前から全てをご存知。知っておられる方の御前に出るということが、どれほどに大きな平安であるかを思わされます。だからこそ、大胆に心を開いて、お話することができる。本当に感謝です。


教会の中には、意識する、していないにかかわらずです。依然この四次元の教えにとらわれている人がいます。方法ではないんですよね。

教会の現状を思うとき、涙があふれます。


「だれも、すでに据えられている土台のほかに、ほかの物を据えることはできないからです。その土台とはイエス・キリストです。
、もし、だれかがこの土台の上に、金、銀、宝石、木、草、わらなどで建てるなら、
各人の働きは明瞭になります。その日がそれを明らかにするのです。というのは、その日は火とともに現われ、この火がその力で各人の働きの真価をためすからです。
もしだれかの建てた建物が残れば、その人は報いを受けます。
もしだれかの建てた建物が焼ければ、その人は損害を受けますが、自分自身は、火の中をくぐるようにして助かります。」


「すでに据えられている土台のほかに、ほかの物を据えることはできないからです。その土台とはイエス・キリスト」

他のものを据える

私自身も、自らの愚かさのゆえに、なんと多くの「他のものを据え」、主を悲しませてきたことでしょう。

主の憐れみのゆえに、すべてのものが揺り動かされ、震わされなければ、気付かなかったと思わされています。



| candy | 2011/06/16 10:27 PM |

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