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十字架の恵みが溢れて

主が治めておられます。私たちはそれを大胆に断言します。
私たちの主イエス・キリストが治めておられます。
彼は万物の主です。
なにものも彼の権威を損なうことはできません。
中国と日本における主の権益を損なうために世に出てきているのは、霊の軍勢です。ですから、私たちは中国のために祈りません。日本のために祈りません。
私たちは中国と日本におけるあなたの御子の権益のために祈ります。
私たちはいかなる人も責めません。なぜなら、彼らはあなたの敵の手の中にある道具にすぎないからです。
私たちはあなたの御旨のために立ちます。
おお主よ、暗闇の王国を粉砕して下さい。
あなたの教会に対する迫害があなたを傷つけているからです。アーメン

〜ウオッチマン・ニーの祈り〜
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主が清めたもの


 
  つい先日、ある人とのやり取りの中で、
 
私はとても嫌悪感いっぱいになったことがあった。

 その人に対する怒りと許せない思いが沸々と沸き上がってきてしまい、

 その人の言葉で穢れを受けたかのようにさえ感じた。


 
 私は主にどう祈ってよいのか思い巡らしながら

思いつくままに祈り始めた。

 どう祈ったらいいでしょうか、、、あぁ主よ、

 主が、罪をその人の心に示してくださいと・・・。

 人が罪に気づくことができるのは、聖霊によることを。。。

 どうぞ、罪がわかり、悔い改めへと導いてください

 ・・そう祈ることしかできなかった。

 
  悶々としたまま、聖書を開いた。 今日の箇所は

使徒の働き、 10:9〜

「翌日、この三人が旅を続け、町に近づいた頃、ペテロは祈るために屋上に上がった。

第六刻頃である。彼は空腹を覚え、何か食べたいと思った。そこで人々が食事の用意をしている間に、ペテロは忘我の状態に陥った。

そして彼は、天が開き、大きな布のような容れものが、四隅で吊るされて、地上に降りてくるのを見る。

その中には、あらゆる四足の動物、地を這うもの、空の鳥が入っていた。

その時、ペテロに向かって、声が起こった、「ペテロよ、立って、これらを屠って食べよ。」

しかし、ペテロは言った、

「主よ、とんでもないことです。私はいまだかつてただの一度も不浄なものと穢れたものとを、何一つ食べたことがありません。」

すると、声が二度目にあった。

「神が清めたものを、あなたが不浄なものにしてはならない。」

このようにことが三度目にあって、その容れものはたちまち天に引き上げられた。

  使徒10:9〜




「主が清めたものをあなたが不浄なものにしてはならない」
・・・・

この御言葉は私の心を貫いた。

その人の目先の罪に目が行き、それによってその人の存在さえも拒絶するほど嫌悪感を感じてしまった自分があった。


でも、主は

神が清めたもの  と語られたのだ。 


この御言葉の箇所、

ペテロの目に移ったのは、確かに、今まで汚れたものとしていた生き物でした。

当時、ユダヤ人の律法によると異邦人は汚れた存在であり、ユダヤ人は不必要な接触を避けるように命じられていました

しかし、これらの幻を通して主は、異邦人に対する見方を根本から変えられました。

すべては神はキリストの十字架の贖いを通して、異邦人をもご自分の民として迎え入れ、救いを享受できる機会を開かれたのだ。

使徒10:28『神が何人をも汚れているとか清くないと呼ぶべきではないとお示しになった』

 

「神が清めたものをあなたが不浄なものにしてはならない。」


私は人の目先の罪だけに心奪われ、嫌悪感を抱いてしまった自分を恥ずかしく思った。

わたしはその人を主が見ておられるようには見ていなかったこと

私自身、誰よりも罪深い者であったのに、まだ罪すら自覚していない時に、神はまず愛してくださった。

どんなに罪深く、穢れていても、決してお見捨てにならず、忍耐を持って導き続けてくださった。

いまもなお、私が耐えられるように、少しずつ罪を示して、その罪から聖め続けてくださっている憐れみに満ちた方が共にいてくださっている。

このような私にさえ、贖いのゆえに、「神が清めたもの」としてくださったのだ。


そのお方から目を離すとき、自分のことは忘れ、人の罪が大きく見えてしまう

主が清められた。それが主が私たちにしてくださった真実。


御言葉は、私に罪を示し、嫌悪感を取り除き、その人への隔たりを打ち砕いた。

ただ、私を憐れんでくださった主が、その方をも憐れんで下さるように心から祈った。



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