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十字架の恵みが溢れて

主が治めておられます。私たちはそれを大胆に断言します。
私たちの主イエス・キリストが治めておられます。
彼は万物の主です。
なにものも彼の権威を損なうことはできません。
中国と日本における主の権益を損なうために世に出てきているのは、霊の軍勢です。ですから、私たちは中国のために祈りません。日本のために祈りません。
私たちは中国と日本におけるあなたの御子の権益のために祈ります。
私たちはいかなる人も責めません。なぜなら、彼らはあなたの敵の手の中にある道具にすぎないからです。
私たちはあなたの御旨のために立ちます。
おお主よ、暗闇の王国を粉砕して下さい。
あなたの教会に対する迫害があなたを傷つけているからです。アーメン

〜ウオッチマン・ニーの祈り〜
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冠を投げ出して
 
多くの震災関連の記事を読ませていただく中で

ただひとつ、

深くアーメンと感じさせられた祈りを

転記させていただきます。



  山谷少佐のブログより



3.11後の時代の晩祷のための祈り

ああ
私の体内に入った
ヨウ素よ
セシウムよ
ストロンチウムよ
プルトニウムよ
私の「いのち」を蝕む
緩慢なる死よ!
へりくだって
復活のキリストを
ほめたたえよ!
死んでよみがえった
あのお方に対し
おまえたちは
何の力も無いゆえに!
私は蝕まれたこの体を
ただキリストに任せまつる
キリストに結ばれたこの身の
復活の朝の来るを望み見て 」



  
  

  黙示録4:10〜

 24人の長老は御座に着いている方に御前にひれ伏して、
 永遠に生きておられる方を拝み、自分の冠を御座の前に投げ出して言った

 「主よ、われらの神よ。あなたは、栄光と誉れと力を受けるにふさわしいお方です。

 あなたは万物を創造し、あなたの御心のゆえに、万物は存在し、また創造されたのですから。」


 
   
自分の冠を御座に投げ出して言う、

この御言葉を読むときに思い起こす箇所がある。

アブラハムがイサクをモリヤの山で捧げる箇所だ

アブラハムにとって、イサクはまさに自分の誉れであり、冠そのものであった。

その”すべて”を捧げること

その経験は、果たして、誰もが通るのであろうか。

決してそうではないことを思わされる。

アブラハムがただ一度、そのように導かれたということはなんと、意味深いことであろうか。

幾度もイサクを捧げる必要はなかった。ただ一度、神によって導かれたのである。


そして、この一度の経験、モリヤの山へと導かれるものは多い。

しかし、

神の前にそのすべてを投げ捨てて応答し、礼拝するために、アブラハムのように山に登る者は

決して多くはない。

ただひとり、主のみ前に出、

すべてを投げ捨てる場へと導かれる。アブラハムがイサクを捧げるという行為そのものは

それはまさに死に等しい苦しみ、死そのものであるからだ。

その人にとって死そのものであり、自らの内に握り締める一切のもの、誉、冠を投げ捨てるとは

まさにそのようなことである。

自分の内に中途半端にこれとこれとなどと残して置けるものなど、何もない、それが死なのだから。

しかし、そのような完全なる死ゆえに、完全なる復活とひとつであることを知る。

アブラハムが息子をよみがえらせることができると確信した信仰、それこそが完全なる死を通して移された復活の信仰。

それは決して揺るぐことのない、すでにそのように見たり!という信仰なのである。

冠を投げ捨てる、アブラハムがイサクを捧げた礼拝へと導かれるのは神の恵みである


主は真の礼拝者を求めておられる

















  
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