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十字架の恵みが溢れて

主が治めておられます。私たちはそれを大胆に断言します。
私たちの主イエス・キリストが治めておられます。
彼は万物の主です。
なにものも彼の権威を損なうことはできません。
中国と日本における主の権益を損なうために世に出てきているのは、霊の軍勢です。ですから、私たちは中国のために祈りません。日本のために祈りません。
私たちは中国と日本におけるあなたの御子の権益のために祈ります。
私たちはいかなる人も責めません。なぜなら、彼らはあなたの敵の手の中にある道具にすぎないからです。
私たちはあなたの御旨のために立ちます。
おお主よ、暗闇の王国を粉砕して下さい。
あなたの教会に対する迫害があなたを傷つけているからです。アーメン

〜ウオッチマン・ニーの祈り〜
<< わたしのところに来なさい | main | 傷の処置の常識は実は思い込み >>
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魂と霊を切り分けられて
皆様、お祈り感謝いたします 。

少しずつ眠れるようになってきました^^

眠れるということも恵みですよね

当たり前のことなど何一つない、ということを

病を通して初めて実感させられますね

感謝です^^





今日は透析後に、術後の傷の状態を診てもらうため名大へ。

傷の状態がよくなくて、急な診察をお願いした。

(傷の方は処置していただき、経過を見ることに)

そんなわけで、透析後自分で行くつもりが、

わざわざ仕事を早く切り上げた主人が迎えにきてくれていた。

私は今まで自分から送り迎えを主人に頼んだりすることはまずなかった。

主人にすら頼ることができない自分があったというのが本音だ


迎えに行ってあげるよ、と主人が言うと、

本当にいいの?となんだか申し訳なく思ってしまう

甘えることが苦手というより、頼ることに恐れがあった

そんなどうしようもない自己は腎不全で入院した時、病院でも同じだった

少々のことでは、看護士さんを呼んだり、えらいとか辛いとか言わなかった

なので、私はある意味、要注意人物になっていた
(本当のこと)・・汗

自分がしんどいこともなにも言わないまま、気づかないうちに、

そのまま気を失ってしまったりすることがたびたびあったからだ

いい風に言えば我慢強いというのかもしれないけど、そうではない。

ただのどうしようもない頑固、強がり、臆病、不信仰、自分が、という頑なさに過ぎなかった


でも、今回の病を通して

自分自身の一切を委ねる、ということに対して

主の取り扱いを受けたことを深く感じている

深いところで決して委ねようとしなかった

壁を作り、その奥深く隠れている頑なな自己

 (それは私の幼いころから築かれてきた頼ること、

 自分を出すことを恐れる自己) 

に主は触れてくださったのだ



主はまさに、魂と霊を切り分けるまことの執刀医

このお方に刺し貫いていただけることは幸いです

真に自を委ねることを主から学ぶことがなければ、

まことの安息を知ることはない


  そして、それを知らされることは、

 ただ主の憐れみと一方的な恵みによる

  
       「神の安息に入った者は、

   神が自分の業を離れてそうしたように

   自らも自分の業を離れて安息したからである。」

  
         へブル4:10




 最近は、どうしようもない自分のまま、

  主と主人に依りかかっています

 (主人には 怒られながらだけど・・・笑)

 
 















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