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十字架の恵みが溢れて

主が治めておられます。私たちはそれを大胆に断言します。
私たちの主イエス・キリストが治めておられます。
彼は万物の主です。
なにものも彼の権威を損なうことはできません。
中国と日本における主の権益を損なうために世に出てきているのは、霊の軍勢です。ですから、私たちは中国のために祈りません。日本のために祈りません。
私たちは中国と日本におけるあなたの御子の権益のために祈ります。
私たちはいかなる人も責めません。なぜなら、彼らはあなたの敵の手の中にある道具にすぎないからです。
私たちはあなたの御旨のために立ちます。
おお主よ、暗闇の王国を粉砕して下さい。
あなたの教会に対する迫害があなたを傷つけているからです。アーメン

〜ウオッチマン・ニーの祈り〜
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放蕩息子としてのイエス その3
 
       




「人間の血筋からではなく、人間の欲や意志からでもなく、神ご自身からお生まれになった彼は、ある日、ご自分の足台の下にあった全てのものをまとめ、ご自分の相続財産、息子としての称号、そして身代金をそっくり持って家をでた。

彼は遠い国へ・・・・・はるかかなたの地へ向けて・・・・・旅立った。


 そこで人間となり、ご自分を無になさった。彼のものであるはずの人々は彼を受け入れず、最初のベッドは藁(わら)であった!

 乾いた土地に張った根のように、私たちの目の前で彼は成長し、さげすまれ、最も卑しい者とされ、人は彼の前で顔を覆った。


 まもなく彼は追放され、敵意にさらされ、孤独を味わった。・・・・・・あらゆるものを惜しみなく与えつくした。彼の富、彼の平和、彼の光、彼の真理、彼のいのち・・・・・・・全ての知識と知恵の宝、そして、永遠のときを超えて隠されてきた神秘を与えた。

 すなわち、イスラエルの家の失われた子供たちのなかで自らを失い。病にある人たちと(問題のない人々とではなく)、罪人たちと(正しい者とではなく)、さらに、御父の国に入れると約束した娼婦たちと共に時間をすごしさえした。

 大食漢で大酒のみ、徴税人や罪人の仲間と見なされ、サマリヤ人、悪魔つき、神を冒涜する者として扱われた。

 その体と血にいたるまで、全てをお捧げになった。


 彼は自らの深い悲しみと苦悩に沈み、魂は錯乱した。絶望のどん底まで落ち込み、生ける水の源からはるかに遠ざかり、自らの父に見捨てられた者となり、釘づけになった十字架上で叫ばれた
「渇く」と。

 彼は塵の中に、死の影に、死んで横たえられた。そして、私たち全ての犯罪を負い私たちの罪を担い、私たちの悲しみを携えて降りて行かれた黄泉の底から復活なさった。

さらに、まっすぐに立ち、こう叫ばれた。

 「今こそ、私はわが父、あなたがたの父、わたしの神、あなたがたの神のもとに上げられる。」

 こうして再び天に昇られた。


 それから沈黙のうちに、父は、ご自分の息子と子たちの全て(なぜなら御子はすべてにおいて全てとなられた)をご覧になり、そして僕たちに言われた。


 「急げ!”一番良い服を持ってきてこの子に着せ、手に指輪をはめてやり、足に履物を履かせなさい。食べて祝おう!知ってのとおり、私の子たちは死んでいたのに、生き返った。いなくなっていたのに、見つかったのだ!
 
 わたしの放蕩(惜しみなく与える)息子が彼らを全てわたしのもとに連れ戻してくれた」

 神の子供たちは皆祝宴に加わった。子羊の血で洗われ、白くなったマントをまとって。




           ピエール・マリー



     
        




  放蕩息子の物語にこれほどまでに福音が凝縮されていることに驚いた。

 「急げ!」と叫んだ父の喜びはどれほどであるか、新鮮な驚きに包まれる。

 「死んでいたのに、生き返った!」  この叫びこそ、父の喜びの絶頂!

 死からいのちに移されることを指折り数えて待ち続けておられた父の歓喜の叫びだ!

 果たして、わたしは、このいのちに生きていただろうか・・・・。

 父が喜び給うほどに、いのちの内を歩んでいたのだろうか・・・。

 霊によって始まったいのちを、いつの間にか知識としてイエスを知ることだけに満足し、

 いのちに生きていると錯覚してきたのではないだろうか・・・。

 多くの知識を持つことによって、逆にイエスのいのちから遠のいてきたのではないだろうか。

 主はわが内を住まいとして臨んでくださった。ところが、私自身は主の内に住まうことを

 日々の生き方によって幾度拒絶してきたか・・・。

 父は家でじっと待っておられた。ところが、放蕩息子である私は、その家から遠くはなれ、手っ取りばやく、満たしてくれそうな主以外の何かに小さな満足を見出そうとしていた。

内なるお方以外に目を向け続けていたことを

ただ、ただ、主の前に悔い改めた。
 
 


   
 「悔い改めて、初めの行いをしなさい。・・・」  黙示録2:5



 

 
| 御言葉の分かち合い | 09:54 | comments(2) | trackbacks(0) |
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コメント
がびーん(==;)なのです。
なか〜いコメントを書いて確認をすると
誤字があったので戻るボタンを押したら
コメントが消えちゃった・・・・涙(;;)
カナシイーーー☆彡

・・・<(_ _)>・・・
気を持ち直して\(^o^)/コメントしま
〜す★

まず\(◎o◎)リスの写真が凄過ぎです★
可愛いのですが、可愛いというより綺麗
というか、生き生き輝いて目が点になり
ました\(◎o◎)/!

そして【深いお話その3】ですが、
長〜いお話しでしたが、違和感なくスーっと
読み進めました(笑)

放蕩息子の事を違った角度から色々考え
る機会が与えられました。
ありがとうございますm(__)m

そして「candyさんの感想も、深いなー」
と、深い飴の味がしました(*^_^*)

知識を持ち合わせている人の問題や
知識を持ち合わせていない故の問題
もあるかと思いますが・・・。

私は後者のタイプですが((笑)
主から離れないでいたい(=^^=)ははは♪
| りぼんで=す<(_ _)> | 2010/11/14 10:18 AM |

りぼんちゃんへ+。:.゚ヽ(´∀`。)ノ゚.:。+゚

まぁ♪二度も頑張ってコメントを投稿してくださったのですね。ありがとうございます。嬉しいです♪

りす、可愛いでしょう〜以前我が家で飼っていたペットです。
家族を認識して、とてもよくなつくんですよ。自分の家が巣穴みたいな物ですから、外に放しても、一目散に家に帰ってきます。甘えん坊でなぜられるのが大好きです。
輸入禁止になってから、めちゃめちゃ高価な動物になってしまいました。可愛い血統書付のワンちゃんが5頭ぐらい買えちゃう値段になってしまったので、もう二度と飼えませんが・・・涙。

どれだけ可愛いか、ちょっと後でアップしてみますので、見てくださいませ。笑


放蕩息子のお話、本当に素晴らしいですよね。福音が心になだれ込んできます。

知識があるかないかといわれれば、私も後者のタイプです^^

でもそれによって主を真実に知ることはない・・・
この世にあって聖書を誰よりも知っていること=いのちを歩んでいるとは限らない

霊によって始まったいのちが肉によって完成されるという事は絶対にない。

いのちを生きているのかどうか。。。平安の義の実を結んでいるのか、いのちはいのちによってわきまえ知ることができますね。


自分自身も簡単にそれて行ってしまう弱さを持っています。

そんな自分を忍耐を持って軌道修正し、導きの手を絶えず緩めることなく導いてくださる神の憐れみに満ちた御手に感謝するほかないものです。
放蕩息子としての弟、兄、このどちらも持ち合わせている自分に気づかせてくださったことは、本当に神の恵みです。



| candy | 2010/11/14 11:21 PM |

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