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十字架の恵みが溢れて

主が治めておられます。私たちはそれを大胆に断言します。
私たちの主イエス・キリストが治めておられます。
彼は万物の主です。
なにものも彼の権威を損なうことはできません。
中国と日本における主の権益を損なうために世に出てきているのは、霊の軍勢です。ですから、私たちは中国のために祈りません。日本のために祈りません。
私たちは中国と日本におけるあなたの御子の権益のために祈ります。
私たちはいかなる人も責めません。なぜなら、彼らはあなたの敵の手の中にある道具にすぎないからです。
私たちはあなたの御旨のために立ちます。
おお主よ、暗闇の王国を粉砕して下さい。
あなたの教会に対する迫害があなたを傷つけているからです。アーメン

〜ウオッチマン・ニーの祈り〜
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放蕩息子とその兄

放蕩息子

私はもう父の元に帰ったのだから、この物語は今の自分には当てはまらない・・・、とずっとどこかで思ってきた。

でもそれは大きな間違いだった。

放蕩を重ねた息子は、父親の財産を使い果たし、全てを失い、身も心もぼろぼろになってはじめて父の懐を思い返した。

彼は、父の家で使用人でも奴隷でもなく、父の息子だった。息子だったのである。息子である彼が、家をでて放蕩の限りを尽くしている。

その手の中の財産が尽きるまで、彼は気づくことがなかった。

イエスを信じて、神の子・・・とされた。神の子とされているにもかかわらず、父の心も知らず、財産=もてる全ての物を使い果たし、ボロ雑巾のようになるまで、本当の意味で、父の懐に帰ることはない。

主は私たちのうちを住まいとして選んでくださった。

ところが息子の私自身は、主の内に住むことを日々あらゆることを通して拒絶し続けてきたのである。

自分には何もなく、もう父の子と呼ばれるような資格も何もないことに気づくまで、放蕩していることすらわかっていなかったのである。


 なんということだろう。



 そして、放蕩息子の兄。この兄も私自身だった。

 父の家にいながら、それは肉体はそこにいたとしても、兄もまた、父の家を拒絶している存在だった。

 父のそばにいながら、父の心を知ることがない。

 こんなに悲しいことがあるだろうか。

 自分こそは間違っていないと主張するその姿そのものが、父の心を痛ませ、父から遠く離れているのである。

 兄は、父の仕事を一生懸命することで、父の思いに応えてきたと錯覚していた。

 しかし兄もまた、父自身を拒絶し、不満に思い、父の思いから、遠く離れている放蕩息子なのである。

 このどちらの姿をも持ち合わせている真の放蕩息子が私自身であった。

 二人の兄弟の中には深い孤独があり、癒されない寂しさがあった。

 しかし、単純に父の懐に飛び込んだのは、弟のほうだった。

 同じ孤独感を持っていたのにもかかわらず、御父の懐に飛び込むことが、兄はなぜできなかったか・・・

 それが、プライドそのものであり、自分自身を義とする思いが、父の懐に飛び込むことを拒絶するのである。

 弟は何もかも使い果たし、豚の餌を食べようとするほど、プライドさえも粉々にされていた。

 
 自分自身の、あると思っているものさえも使い果たし、プライドさえも粉々にされるほど砕かれたそのところで、

 父の懐を、真の意味で思い返す。

 自分が放蕩息子そのものであったと気づくことも、このとき初めて気がつく。

 私自身、父の家に帰るまだまだ途上にいるような気がする。

 あれやこれやと考えながら、父の家に向かって歩いている。

 
 父の呼ぶ声が聞こえてきた。

 まだ遠く離れているのに、駆け寄ってくる父の声を・・・・。



また、イエスは言われた。「ある人に息子が二人いた。

 弟の方が父親に、『お父さん、わたしが頂くことになっている財産の分け前をください』と言った。それで、父親は財産を二人に分けてやった。

 何日もたたないうちに、下の息子は全部を金に換えて、遠い国に旅立ち、そこで放蕩の限りを尽くして、財産を無駄使いしてしまった。

 何もかも使い果たしたとき、その地方にひどい飢饉が起こって、彼は食べるにも困り始めた。

それで、その地方に住むある人のところに身を寄せたところ、その人は彼を畑にやって豚の世話をさせた。

 彼は豚の食べるいなご豆を食べてでも腹を満たしたかったが、食べ物をくれる人はだれもいなかった。

 そこで、彼は我に返って言った。『父のところでは、あんなに大勢の雇い人に、有り余るほどパンがあるのに、わたしはここで飢え死にしそうだ。

ここをたち、父のところに行って言おう。「お父さん、わたしは天に対しても、またお父さんに対しても罪を犯しました。

 もう息子と呼ばれる資格はありません。雇い人の一人にしてください」と。』

そして、彼はそこをたち、父親のもとに行った。ところが、まだ遠く離れていたのに、父親は息子を見つけて、憐れに思い、走り寄って首を抱き、接吻した。

  ルカ15:11〜

   

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