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十字架の恵みが溢れて

主が治めておられます。私たちはそれを大胆に断言します。
私たちの主イエス・キリストが治めておられます。
彼は万物の主です。
なにものも彼の権威を損なうことはできません。
中国と日本における主の権益を損なうために世に出てきているのは、霊の軍勢です。ですから、私たちは中国のために祈りません。日本のために祈りません。
私たちは中国と日本におけるあなたの御子の権益のために祈ります。
私たちはいかなる人も責めません。なぜなら、彼らはあなたの敵の手の中にある道具にすぎないからです。
私たちはあなたの御旨のために立ちます。
おお主よ、暗闇の王国を粉砕して下さい。
あなたの教会に対する迫害があなたを傷つけているからです。アーメン

〜ウオッチマン・ニーの祈り〜
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ご紹介

獄中のウォッチマン・ニーについてのあかし

  ビオラさんのブログより



 かつてある兄弟姉妹と分かち合った、獄中のウォッチマン・ニーについての証言です。中国語の原文はネット上に広く普及していますが、この度、和訳をウェブページにまとめましたので、ご自由にご利用下さい。

和訳に際しては、私から漢詩に詳しい方に一部を依頼しました。その他の部分は中国語を専門としない者の翻訳です。もしもお気づきの点があれば、お知らせ下さい。

獄中のウォッチマン・ニー(日本語ヴァージョン)
倪柝聲在獄中(中国語ヴァージョン)
Watchman Nee in prison (英語ヴァージョン)
| 兄弟姉妹のブログより | 15:37 | comments(4) | trackbacks(0) |
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| - | 15:37 | - | - |
コメント
貴重な証のご紹介
感謝申し上げます。
思えば、若い時に、ウォッチマンニーの図書に出会いよく読みあさりました。
一度、主から離れ・・
再び、呼び戻され・・
その時に、書店でであった
「キリスト者の標準」には
大きな慰めと、導きをいただきました。

《生きているのは私ではない、キリストがわたしの内に生きている》とのメッセージは、どうしようも無い私の命に振り回されず、主の命に生かされる日々へと、その時々に心に響きわたしを導いてくれました。

まさに、主の命に生きた、師の証に再び触れられて心から主に感謝いたします。
ハレルヤ
| 欠けた器 | 2010/06/11 5:57 PM |

ウォッチマンニーの証、とっても励まされました。
彼の内にいます主は素晴らしく、獄中の中にあっても主が彼を支え、彼の内に日々油が塗りこまれ、主ご自身が彼に力を与えられたのだなって思わされます。
そしてニーがあの状況にあっても主に依り頼み、主との命の交わりをしている姿にとても感動しました。

食事の時に「万事なるがままにまかせましょう」という言葉、それはケセラセラではなく、主に完全に依り頼んでいる姿なんだなぁってしみじみ思わされます。

「主は素晴らしい」
ただそれだけです。

ニーの内におられる主の命がこの証しを書かれた人に流れ、そして証しを読んだ一人ひとりにもまた流れていることを感じます。

主は素晴らしいですね☆

| みのみの | 2010/06/12 12:13 AM |

欠けた器さんへ

>《生きているのは私ではない、キリストがわたしの内に生きている》とのメッセージは、どうしようも無い私の命に振り回されず、主の命に生かされる日々へと、その時々に心に響きわたしを導いてくれました。

アーメン、アーメンです!
お証を感謝いたします。

ニーの「キリスト者の標準」はページがあちこち、ちぎれてしまうほど読みました。
ニー自身の人生の多くはまるで隠れている根っこのようにあまり知られることはありませんでしたが、このような証に触れることができ、改めて深い感動を覚えます。

彼のメッセージが今もなお、多くの人々のうちに流れ、キリストへと引き寄せ、多くの実が結ばれ続けていることを見るとき、一粒の麦が地に落ちて結ぶ実の豊かさに本当に驚かされます。

ニーのうちに生きておられた主は、私たちの内におられる同じ神。
ただ主を褒め称えます。
| candy | 2010/06/12 1:50 PM |

みのみのさんへ

>ニーがあの状況にあっても主に依り頼み、主との命の交わりをしている姿にとても感動しました。

アーメン、アーメン。獄中の中で声をあげて祈ることさえ許されない中で、主と深く交わり続け、ただ主を依り頼んでいた彼の信仰に教えられますね。

>食事の時に「万事なるがままにまかせましょう」という言葉、それはケセラセラではなく、主に完全に依り頼んでいる姿なんだなぁってしみじみ思わされます。

思いました、思いました。
彼の深い主への信頼を見、深く感動しました。

「立ち返って静かにすれば、あなたがたは救われ、落ち着いて、信頼すれば、あなたがたは力を得る。」の御言葉を思い出します。

主を褒め称えます。この証がさらに多くのキリスト者の霊に触れ、いのちへと導かれる方々が起こされますように・・。
| candy | 2010/06/12 2:11 PM |

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