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十字架の恵みが溢れて

主が治めておられます。私たちはそれを大胆に断言します。
私たちの主イエス・キリストが治めておられます。
彼は万物の主です。
なにものも彼の権威を損なうことはできません。
中国と日本における主の権益を損なうために世に出てきているのは、霊の軍勢です。ですから、私たちは中国のために祈りません。日本のために祈りません。
私たちは中国と日本におけるあなたの御子の権益のために祈ります。
私たちはいかなる人も責めません。なぜなら、彼らはあなたの敵の手の中にある道具にすぎないからです。
私たちはあなたの御旨のために立ちます。
おお主よ、暗闇の王国を粉砕して下さい。
あなたの教会に対する迫害があなたを傷つけているからです。アーメン

〜ウオッチマン・ニーの祈り〜
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再びご紹介

 単立者なれども孤立者にあらず 

  (主とともにあゆむ〜高原剛一郎さんのブログより転記)

・・・・
時に証しはキリストではなく自分自身の事を持ち出す話なので、聖書的ではないと言う意見があります。
私はそうは思いません。
神の神性とみ力は神ご自身が生身の人間になることによって明らかにされたように、神の真理も生身の人間において経験されることにより、他の人にわかる仕方で現されるように思うからです。
みことばの真実がいわば受肉する事で、その深みが現されるように思います。

集まった兄弟姉妹たちは皆さん私が古くからおつきあいのある、気心の知れた方々ばかりでした。
私は彼らに主の真実を証ししたいと願いました。
そのためには私自身が正直に自分自身を明らかにする必要がありました。
しかしそれはとても難しい事なのです。
なぜならそれは大抵、誇らしい事ではなく恥ずかしいことだからです。

誇らしい事は言わなくてもよいし、むしろ忘れてしまったほうが良いと思います。
しかし情けないことから抜け出すためにはしばしば情けない状態なので、助けてほしいと言わなければなりません。
言わなくてもよい誇らしい事はさりげなく伝えるくせに言わなければならない助けについては伏せながら生きていると、その習慣がその人の人柄になってしまいます。
私は参加した兄弟姉妹たちへの尊敬をどのように現したらよいか、を考えました。
それは等身大の自分自身を明らかにしてこの8ヶ月にあったことから学ぶことでした。
この判断は正しかったと思います。
主がともに居てくださる学ぶ会となったからです。

学び会の後、宿泊先の山荘でバーベキューをしました。
ご当地名産の松阪肉です。
クリスチャン同士の交わりでアルコールが入らないのに皆上機嫌で、笑うこと、騒ぐこと、食べること!
途中からは緑橋集会の兄弟姉妹たちの証しが始まりました。
それはまさに赤裸々な証しでした。
集会としてくぐってきた苦難の道のりが涙と笑いの中で語られていきました。
涙と笑い。
そうです。
悲しみと喜びはなんと近くに隣り合っていることでしょう。
悲しみのままに留まる生活とそこから抜け出す人生はほんの一歩の違いだけです。

ふと時計を見ると夜の9時をまわっていました。皆びっくりしました。大阪から来た兄弟姉妹たちは急いで帰って行きました。

「私の愛する方は私に語りかけて言われます。『我が愛する者、美しい人よ。さあ、立って、出ておいで。ほら、冬は過ぎ去り大雨も通り過ぎて行った。』」雅歌2章11〜12節。


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