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十字架の恵みが溢れて

主が治めておられます。私たちはそれを大胆に断言します。
私たちの主イエス・キリストが治めておられます。
彼は万物の主です。
なにものも彼の権威を損なうことはできません。
中国と日本における主の権益を損なうために世に出てきているのは、霊の軍勢です。ですから、私たちは中国のために祈りません。日本のために祈りません。
私たちは中国と日本におけるあなたの御子の権益のために祈ります。
私たちはいかなる人も責めません。なぜなら、彼らはあなたの敵の手の中にある道具にすぎないからです。
私たちはあなたの御旨のために立ちます。
おお主よ、暗闇の王国を粉砕して下さい。
あなたの教会に対する迫害があなたを傷つけているからです。アーメン

〜ウオッチマン・ニーの祈り〜
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燃える心
 

『私たちの心はうちに燃えていたではない。』
ルカ24:32

 
われわれは燃える心の秘訣を学ばねばならない。
イエスが突然現れると、火が燃える。
そしてわれわれはすばらしいビジョンを持つ。


その後われわれは
どんなことにも耐えて燃え続ける心を保つ秘訣を
学ばねばならない。


イエスにとどまる秘訣を学ばねば、
平凡な日々の務めや、
人々との単調で退屈で平凡な日々が
燃える心を冷ましてしまう。

 

クリスチャンとしての悩みのほとんどは
罪から来るのではなく、
われわれの性質の法則を知らないことから来る。


例えば、われわれが感情を
そのおもむくままにしてよいかどうかを
見極める唯一の方法は、
その感情を出した結果が
どうなるかを知ることである。


その考えを推し進めるならば、
もし結果が何か神がとがめられるようなものであるなら、
その感情をそれ以上おもむくままににしてはいけない。


しかし、もしある感情が
神の御霊によって燃やされたものであって、
しかもその感情を自分の生活の中で
正しく生かさないとすれば、
それは低いレベルで反応する。


人がセンチメンタルになるのはそのためである。
感情が正しくそのレベルで用いられなければ、
感情が崇高であればあるだけ、
品格の低下はそれだけひどくなる。


もし神の御霊があなたを揺り動かすなら、
結果を恐れずに、
できるだけ多くの事を後戻りできないようにせよ。


われわれは変貌の山に留まる事はできない。
しかしわれわれはそこで受けた光に従わねばならない。
それを実践しなければならない。


神がビジョンを与えてくださる時は、
どんな犠牲を払ってでもそのビジョンにそって
事を運びなさい。


「われわれは心の内にある火を

  望むままに燃やす事はできない。

  御霊は吹く時もあれば静まる時もある。

   われわれのたましいは神秘の中に住む。

 しかし深い洞察の中で持った使命は

  悲しみの時を経て成就される。」

| オズワルド・チャンバース | 20:47 | comments(0) | trackbacks(0) |
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