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十字架の恵みが溢れて

主が治めておられます。私たちはそれを大胆に断言します。
私たちの主イエス・キリストが治めておられます。
彼は万物の主です。
なにものも彼の権威を損なうことはできません。
中国と日本における主の権益を損なうために世に出てきているのは、霊の軍勢です。ですから、私たちは中国のために祈りません。日本のために祈りません。
私たちは中国と日本におけるあなたの御子の権益のために祈ります。
私たちはいかなる人も責めません。なぜなら、彼らはあなたの敵の手の中にある道具にすぎないからです。
私たちはあなたの御旨のために立ちます。
おお主よ、暗闇の王国を粉砕して下さい。
あなたの教会に対する迫害があなたを傷つけているからです。アーメン

〜ウオッチマン・ニーの祈り〜
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従うということ
 

『あなたがたが自分の身をささげて奴隷として服従すれば、
その服従する相手の奴隷であって…』ローマ6:16

 

 
自分を支配する力を吟味する時に最初にすべきことは、
そのように支配されているのは自分の責任である
というありがたくない事実を理解することである。


もし私が自分の奴隷であるとすれば、
私は自分を責めるべきである。


なぜなら過去のある時点で
私が自分に自分を差し出したからである。


同じようにもし私が神に従う者であるとすれば、
私がそうするのは、私が神に自らを差し出したからである。

 

子ども時代にわがままに自分を差し出したとすれば、
そのわがままがこの世で
あなたを最も強く束縛する暴君であることを知るであろう。


自らを何かに差し出すことによって
形作られた性格の鎖を打ち破る力は
人間のたましいの中には存在しない。


欲望という性質を持つ何かに
ひとたび自分を差し出すなら
(肉の欲望であろうが、心の欲望であろうが、
「私は今すぐにそれを手に入れたい」
というのが欲望であることを思い出しほしい)


――ひとたび自分を差し出したなら、
差し出した事をあなたが嫌悪しているとしても、
あなたはそのことの奴隷なのである。


人間の力の中ではその事から解放されることができない。
ただ「贖い」によるのみである。


あなたを支配している力を
打ち破ることのできる唯一のお方にひれふして、
あなたは自分を差し出さねばならない。


つまり、主イエス・キリストにである。
――「主は私に油をそそがれた…
すべての捕らわれ人に解放を告げるために。」

 

あなたはこのことを
途方もなく小さい事の中で知るであろう。
――「私はいつでも自分がしょうと思えば
その習慣を捨てることができる」と考える。


しかし実際はできないのである。
その習慣があなたを完全に
支配していることが分かるであろう。


なぜならあなたが自発的に
自分を差し出したから。


「主はあらゆる足枷を壊してくださる」と歌い、
同時に自分に明らかに縛られて生きる事は簡単である。


イエスに自分を差し出すことによって、
いかなる人も
自分を縛っているあらゆるものから
解放されることができるのである。

| オズワルド・チャンバース | 22:42 | comments(0) | trackbacks(0) |
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