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十字架の恵みが溢れて

主が治めておられます。私たちはそれを大胆に断言します。
私たちの主イエス・キリストが治めておられます。
彼は万物の主です。
なにものも彼の権威を損なうことはできません。
中国と日本における主の権益を損なうために世に出てきているのは、霊の軍勢です。ですから、私たちは中国のために祈りません。日本のために祈りません。
私たちは中国と日本におけるあなたの御子の権益のために祈ります。
私たちはいかなる人も責めません。なぜなら、彼らはあなたの敵の手の中にある道具にすぎないからです。
私たちはあなたの御旨のために立ちます。
おお主よ、暗闇の王国を粉砕して下さい。
あなたの教会に対する迫害があなたを傷つけているからです。アーメン

〜ウオッチマン・ニーの祈り〜
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まことの陶器師の手の中で


 「イスラエルの家よ、この陶器師のように、

わたしがあなたがたにすることができないだろうか。

 〜主の御告げ〜

 見よ。粘土が陶器師の手の中にあるように、

 イスラエルの家よ、あなたがたも、わたしの手の中にある。 」 
        
                エレミヤ18:6



  透析から帰って、横になりながら、何気なく見ていたテレビに釘づけになった。

 陶芸の番組だった。

 ろくろの上に粘土を中央に置き、水をなじませながらする作業は

 「土を殺す」という作業だった。

 上へと粘土を延ばしながら、それをまた倒し、また延ばし、という作業を繰り返しながら、粘土を殺してゆくのです。

 それは粘土をろくろの回転になじませ、横を向いたりして土が暴れないように押したり引いたりして中心をあわせます。 


 このろくろへの作業の前に、「菊練り」と言って粘土をよく練る作業があります。

 この工程には意味があり、ただ単に練るという事ではなく、空気や異物が押し出され、ロクロ成形をしやすい状態にするのです。
荒練り、菊練りが十分でないと土殺しはいつまでたってもできません。
          

              (菊練りされた状態)

 十分に練られ、異物が押し出され、空気が抜かれて初めてろくろの上で土殺しが可能となります。

 ろくろに置かれた土が、陶器師の手の中で中心に向かってまっすぐに伸びるまで、何度も倒され延ばされるのです。

 延ばしている最中、ろくろの上で横を向いてしまった粘土に対して陶器師は、

 「ほら、これはまだ土が生きている・・暴れているんですよ。

 だからまっすぐになるように土を殺すのです」と言った。
         
      
         (土殺しされた状態)

陶器師の手の中の土は、異物を出され、菊の花のような形へと十分に練られてゆき、あらためてろくろの上で殺される。

 そうして陶器師の手の中でまったく殺された土がはじめて陶器師の気に入った器へと形作られるのです。
 

 エレミヤ書の御言葉を思い起こしていた。

 「この陶器師のように、わたしがあなたにすることができないだろうか。」

 土を扱う陶器師の手は、土に対してどの時点で、どのように触れることが大切なのか、土の状態を熟知した上で手の動きを調節していた。

 しっかりと殺された土は、陶器師の手をやさしく添えてゆくだけで、実に見事な陶器へと形作られていった。


 陶器を製作する過程に、十字架の真理を見る。

 「あなたもわたしの手の中にある。

 わたしがあなたにする・・・」

 御言葉が心に響いた。

   あぁ、あなたがしてくださるのですね。粘土はただ陶器師の手の中に自らをゆだねていればいいのですね。

 異物だらけで荒削りな私さえ、主はご自身の御手を持って練ってくださる。
 
 ろくろという十字架の上で、キリストの死の実際へと導かれる。

 ただ中心なるお方に向かってまっすぐに向かうまで、あなたの御手は休むことなく、その手を添え続けてくださる。

 私の主、私の神。

 あなたは私のまことの陶器師です。
 
          
          

| 御言葉の分かち合い | 22:20 | comments(8) | trackbacks(0) |
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コメント
昔、陶芸にポイントを絞ってメッセージをしたことがあります。

織部の茶器などをスライドに映しました。

織部の焼き物は本当に感動です。わざと一度割ってからつないだりしたものがあります。

ここにも十字架の型があります。

美しいものや本物を感じるものには、すべて十字架の影がありますね。

| Salt | 2010/02/16 12:09 AM |

Saltさん、こんにちわ^^

織部の焼き物、深みのある緑にひかれます。

最近は焼き物を見る楽しさにはまってしまいました。実にいろいろな表情があり、作り手の温かみを感じさせられます。

>美しいものや本物を感じるものには、すべて十字架の影がありますね。

アーメン。
御子と同じ形の姿へと変えられるろくろという十字架の上で、彼の死の実際、その経験の中に導かれることは正直怖いなぁ〜と思っています。が、
「わたしの手の中にある」
この御言葉に深い平安を覚えます。

| candy | 2010/02/16 7:15 AM |

こんにちは。とても感動しました!
| sasuke | 2010/02/16 9:31 PM |

sasukeさん、こんにちわ^^

主が私たちを形作ってくださる

主は本当に素晴らしい陶器師ですね!
| candy | 2010/02/16 11:47 PM |

「何気なく見ていたテレビ」
私は思う どこからどこまでに神が関与しているのだろうと
チャンネルを選ぶcandyさんの手まで・・か
その時横になりたいと思った体調にまで・・か
その陶器師の心の思いと言葉にまで・・か
いいや その陶器師が生まれてから土を練ることを覚えたことさえ candyさんを含む神の子らに番組を通して命を伝えるための神の采配だと。
そこまでしてもらって私たちは ようやく生きる
安心しきって 今日をやっと生きてる
ハレルヤ!
| イチゴ | 2010/02/17 5:55 PM |

イチゴ姉さまへ

どこからどこまでが・・。とあまり考えたことはありません。

ただ神がご存知でないことはひとつもなく、主が導いてくださるその御手はとても自然ですね

神の御心はあらゆるところに宝物のように隠されていて、それを見つけたときの喜びは本当に大きくて、驚きに満たされます。
主に対して私たちの目が開かれれば開かれるほど、主はそうした自然の中や色々な出来事の中に神の御心を見、発見する喜びへと導いてくださる。
サンダーシングという人はそのように神から豊かに教わった人でした。

「天は神の栄光を物語り/大空は御手の業を示す。

昼は昼に語り伝え/夜は夜に知識を送る。

話すことも、語ることもなく/声は聞こえなくても

その響きは全地に/その言葉は世界の果てに向かう」詩篇19:1〜
| candy | 2010/02/17 11:19 PM |

いちご姉さんの言われる通り一体どこからどこまでなのだろう?
本当に不思議な配剤である。
誰がこの主なる神イエスの計画を知る事が出来るものか・・・どんなに神から離れていると思っていても、御手が必ずあるのである。そしてその中で安らいだり、時には暴れたりしてしまう。
ドラマや旅行番組では見たりするのだが、ここにも奥の深さを見い出せた事に感謝せざるをえない。主とcandyさんに感謝。

息子さん、おめでとうございます。
| エシュコル | 2010/02/18 3:51 AM |


エシュコルさんへ

ありがとうございます(´∀`●)


>誰がこの主なる神イエスの計画を知る事が出来るものか・

本当ですね。私たちはただ主の内に座り、明け渡し、このお方だけを求めてゆくだけですね
| candy | 2010/02/18 7:08 PM |

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