SELECTED ENTRIES
RECENT COMMENTS
RECENT TRACKBACK
CATEGORIES
ARCHIVES
LINKS
PROFILE
MOBILE
qrcode
フラワー

動物をクリックしてみてね^^
SPONSORED LINKS

06
--
1
2
3
4
5
6
7
8
9
10
11
12
13
14
15
16
17
18
19
20
21
22
23
24
25
26
27
28
29
30
--
>>
<<
--

十字架の恵みが溢れて

主が治めておられます。私たちはそれを大胆に断言します。
私たちの主イエス・キリストが治めておられます。
彼は万物の主です。
なにものも彼の権威を損なうことはできません。
中国と日本における主の権益を損なうために世に出てきているのは、霊の軍勢です。ですから、私たちは中国のために祈りません。日本のために祈りません。
私たちは中国と日本におけるあなたの御子の権益のために祈ります。
私たちはいかなる人も責めません。なぜなら、彼らはあなたの敵の手の中にある道具にすぎないからです。
私たちはあなたの御旨のために立ちます。
おお主よ、暗闇の王国を粉砕して下さい。
あなたの教会に対する迫害があなたを傷つけているからです。アーメン

〜ウオッチマン・ニーの祈り〜
<< 父の神の真実 | main | 春よ 来い >>
スポンサーサイト

一定期間更新がないため広告を表示しています

| - | | - | - |
今、信じるか
これで・・・信じます。」

イエスは彼らに答えられた。

「あなたがたは今、信じているのですか。」

ヨハネ16:30、31

...

「私たちは信じます」という答に、イエスは「本当にそうか。
やがて、あなたがたがわたしをひとりにする時が来る」と言われる。
リスト者の働き人の多くは、イエスをひとり残し、義務感や、
自分の判断から生じる必要感から仕事に取りかかる。
こうなるのは、イエスのよみがえりのいのちの欠如が原因である。
私たちの魂は、自分自身の宗教的理解に頼ることによって、神との密接な関係から離れる。

そのこと自体は罪ではないが、自分自身がイエス・キリストについての理解を妨げ、
自らに混乱と悲しみと困難を招いていたことがわかると、恥と悔恨の念に襲われる。

すべてを主にゆだねるために、さらに深くイエスのよみがえりのいのちに頼るべきである。
それなのに、私たちは常識的な決断をし、それを祝福してくださるよう、イエスに求める。
しかし、主はそのようにはなさらない。
それは主の領域ではなく、現実からも切り離されたものである。

もし、義務感から何かをするとしたら、何をするにも、キリストと張り合う心になる。
その時は、心は高ぶりに満ちて言う。「この問題については、私が責任をとらなければならない」と。
そして、イエスのよみがえりのいのちの代わりに、義務感を王座に据える。
たちは、義務感や良心の光の中を歩むようにとは言われていない。
神が光の中におられるように、光りの中を歩むべきである。

義務感から事を行う時、それは議論によって支えられる。
しかし何事も、神への従順によってなされる時、議論の余地はなくなる。

    オズワルド・チェンバース

| - | 21:49 | comments(0) | trackbacks(0) |
スポンサーサイト
| - | 21:49 | - | - |
コメント
コメントする









この記事のトラックバックURL
http://toku-sati.jugem.jp/trackback/1000
トラックバック