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十字架の恵みが溢れて

主が治めておられます。私たちはそれを大胆に断言します。
私たちの主イエス・キリストが治めておられます。
彼は万物の主です。
なにものも彼の権威を損なうことはできません。
中国と日本における主の権益を損なうために世に出てきているのは、霊の軍勢です。ですから、私たちは中国のために祈りません。日本のために祈りません。
私たちは中国と日本におけるあなたの御子の権益のために祈ります。
私たちはいかなる人も責めません。なぜなら、彼らはあなたの敵の手の中にある道具にすぎないからです。
私たちはあなたの御旨のために立ちます。
おお主よ、暗闇の王国を粉砕して下さい。
あなたの教会に対する迫害があなたを傷つけているからです。アーメン

〜ウオッチマン・ニーの祈り〜
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ルカ4章18節のお言葉が
「わたしの上に主の御霊がおられる。
主が、貧しい人々に福音を伝えるようにと、わたしに油を注がれたのだから。
主はわたしを遣わされた。捕われ人には赦免を、盲人には目の開かれることを告げるために。
しいたげられている人々を自由にし、
主の恵みの年を告げ知らせるために。」 
   ルカ4:18〜


礼拝の司会に立つ前、主が語りかけてくださったお言葉を内に感じ

霊は深い感動に包まれた。

あぁ、なにゆえに、わが主において実現されたお言葉を

このような者にお語りくださるのでしょう。

主イエスにおいて成就されたお言葉が、今度はキリストにあって遣わされる者の内に

御霊は息吹のごとくに語りこんでくださったのだ 

 「わたしの上に主の御霊がおられる」

 ハレルヤ!
 
 わが内なる霊は、語られたお言葉によって一切の恐れは吹き払われ

 力に満ち、御前に立つことの喜びに溢れた

 弱さのうちに蒔かれるとき、力のうちに起こしてくださる主は

 褒め称えられるべきお方 

 
   「かくして、私の愛する兄弟たちよ、あなたがたは堅く立つようになりなさい。

 動揺させられることのない者となりなさいー常に主の業に満ち溢れながら。」 
  
     コリント第一15:58
 

 


  

 
 

 

 
| | 10:14 | comments(0) | trackbacks(0) |
勝利の痕跡
「そして、幸いです、主のもとから己に語られたことは〔すべて〕実現されると信じる女(ひと)は」。 
      ルカ1:45

 
 二週間前、主人が仕事でろっ骨にひびが入る怪我をした

 その後順調に回復し、今日レントゲンを撮ってもらったところ、

 骨のヒビの後もきれいになっているとのこと (^^)手

 お祈りくださった皆様に心から感謝します

 でもレントゲンを見た医師が不思議そうにレントゲン写真を眺めて

 「この石灰化したいくつかの後はいったい何だ?」と言った

 主人は

 「先生、僕ね、以前悪性リンパ腫やってるんです。」

 医師は主人の言葉を聞いて、納得しました。

 あちこちに出来ていた癌が小さな石ころのようになって

 今はその痕跡だけが残っている

 肋骨がきれいに治ったことはもちろん嬉しい。が、それ以上に

 以前のものが過ぎ去り、ただ主の勝利のしるし(痕)として主人の体に残っている

 そのことがとっても嬉しかった。

 レントゲンに写った石灰化した癌の痕跡の話によって

 走馬灯のように主人の闘病生活を思い出した

 しかし、それはつらい過去の記憶ではなく、いかに主は真実なお方として、
 
 ともにいてくださったのか、という記憶だ

 

 「 主のもとから己に語られたことは(すべて)実現されると信じる女(ひと)は。」
  
  主人が癌だと知らされたとき、主はいくつかの御言葉を語ってくださった

 その中の一つが マルコの福音書11章のみ言葉

 「神を信じなさい。 まことに、あなたがたに告げます。だれでも、この山に向かって、『動いて、海にはいれ。』と言って、心の中で疑わず、ただ、自分の言ったとおりになると信じるなら、そのとおりになります。

  

   病院に向かう車の中で、心の奥底から聞こえてきた主の語りかけ

 あふれ出る涙でぐしゃぐしゃになりながら、「信じます。お言葉通りになりますように。」と私は主に祈っていた。

 その時は、ステージ4の末期がんと宣告され、見えるところには何も希望を見いだせない状況のただ中にいた。

 混沌とした状況の中に語りこまれた神の口から出る一つ一つの言葉によって

 主人の病「この山」・・が『引き抜かれて、海に投げ込まれ』たのだ

 カギは 主のもとから己に語りこまれるお言葉にある そして、

 ご自身が語られたお言葉に対して、主は真実、そして忠実であられるということだ

 私の何かではないのだ。

 神を信じるとは、すなわち、御子の信仰を持つこと 

 そして、御子の信仰とは、神の真実さに対する信だ

 雨や雪が天から降ってもとに戻らず、必ず地を潤し、それに物を生えさせ、芽を出させ、種蒔く者には種を与え、食べる者にはパンを与える。 そのように、わたしの口から出るわたしのことばも、むなしく、わたしのところに帰っては来ない。必ず、わたしの望む事を成し遂げ、わたしの言い送った事を成功させる。」イザヤ書55:10〜
 
望むことを成し遂げてくださる、その父なる神の真実さに対するイエスの信頼


 言い送られたお言葉は全てを創造する

 その真実なる神の口から出る一つひとつの言葉によって

 生かされている

 現実よりも遥かにリアルなのは 神の言葉なのだ


 私たちが忠実でなくても、彼は忠実であり続ける。
自身を否むことができないから。

     テモテヘの手紙 第二 2:13


ハレルヤ‼主をほめたたえます!

大いなることをなされた主に栄光がありますように!

 



 
| | 02:17 | comments(8) | trackbacks(0) |
失くした鍵が見つかり・・一緒に喜んでほしくて・・
先週の金曜日 透析病院の近くで家の鍵を紛失した

ワイヤーにつけていたのだけど、ねじが緩んでいたようで

外れて落としてしまった

落としたことにも気が付かず、透析が終わり帰宅して

玄関の鍵を開けようとして気がついた

どこで落としたのか・・

金曜日は透析の前に税務署やらいろいろ寄ったので

どこかの駐車場で落としたに違いない・・・

  娘と息子とともに祈った

とりあえず月曜日電話して聞いてみようと思った


ついこの前、玄関の鍵が古くなって開けにくくなっていたので

最新式のカギに交換してもらったばかりだったので

また交換するのもなぁ〜と 落ち込み・・・

でも、見つからなかったらと考えることはやめて

カギを落としたことを主に感謝した


 今朝税務署や病院に電話して尋ねてみたが

鍵の落し物はない

最後にだめもとでホームセンターに電話してみたところ

駐車場に落ちていたとの届け出がありましたよ!とうれしい報告!

オカメインコの鍵カバーがついていたので、すぐに私のものだと分かり

なんだかものすご〜〜〜くうれしくって イエス様ありがと〜〜〜!と思わず叫んで万歳してしまった

鍵ひとつ紛失して もう見つからないと思っていたのに

見つかった!

嬉しくて娘にもメールし

今夜夜勤で家にいた大ちゃんは私の喜びようを見て笑っていた

カギが見つかっただけでこんなにうれしい・・

自分は大喜びしている

 み言葉が心に思い浮かぶ

 「女の人が銀貨を十枚持っていて、もしその一枚をなくしたら、あかりをつけ、家を掃いて、見つけるまで念入りに捜さないでしょうか。
 見つけたら、友だちや近所の女たちを呼び集めて、『なくした銀貨を見つけましたから、いっしょに喜んでください。』と言うでしょう。

あなたがたに言いますが、それと同じように、ひとりの罪人が悔い改めるなら、神の御使いたちに喜びがわき起こるのです。」


 「・・・死んでいたのに生き返り、いなくなっていたのに見つかったのだから、喜び祝うのはあたりまえではないか。」

 
  鍵ひとつ紛失して心曇らせて

 見つかることを深く望んで 見つかったときは本当にうれしくって

 娘と息子に喜びを分かち合いたいと思った

  鍵ひとつでさえも 見つけた喜びがこんなに大きいのだ・・

 まして、一人の失われていた人が いなくなっていたのに見つかり キリストの救いに与る 

 救いの歓び!歓声が天で湧き上がることへの思いが

 心の中を巡る  あぁ主よ・・

 

   今から透析の病院へ向かうけれど、

 ホームセンターへ立ち寄り、大切な鍵を受け取りに行く

 心はウキウキ

 感謝の賛美を捧げつつ行ってまいります!

 
   最近は透析の行き帰りの車の中で ゴスペルを聞きつつ賛美しています

 み言葉そのものを歌ったり、神に向かうストレートな歌詞に引き上げられます

  (^^♪

 

 

 

 

 




 

 




 
| | 13:03 | comments(0) | trackbacks(0) |
彼の死と同じ形に
[しかし]私にとって益であったものすべてを、〔然り〕それらを、私はキリストのゆえに損失と思うようになってしまっている。
 否、そればかりか、私は私の主キリスト・イエスについての知識の卓越したすばらしさのゆえに、すべてのものを損失であるとさえ思っている。そのキリストのゆえに、私はすべてを失った。そして私は、〔それらを〕屑と思っている。それは、私がキリストを得、
 彼のうちに見いだされるためである。〔その際、〕私は律法による私の義を与えられているのではなく、むしろキリストヘの信仰による義、信仰に基づく神からの義を与えられているのである。

 それはキリストを、そして彼の甦りの力を知り、そして彼の死と同じ形にされながら、彼の[それらの]苦難に参与する〔すべ〕を知るためである。
〔こうして〕なんとかして死人たち〔の中〕からの甦りに私は到達したいのである。」
   
                        ピリピ3:7〜

  


父は生前、まだ元気だったころ、友人とカラオケや旅行に行くことを何よりの楽しみにしていた。

テレビの歌番組を録画しては、繰り返し見て歌詞カードを作り、覚えて

楽しそうに歌を歌っていたものだった。

ところが、入院して日に日に病に蝕まれてゆく中で、それらの世のものに対してなんら興味を示さなくなっていった

歌番組もいつの間にか見ることさえもなくなった

今まで父にとって何よりの楽しみだったはずのものが

そこには何の慰めも力にもならないことを感じとったかのように

「興味がなくなった」といった。

お正月、父宛に来た年賀状を病室までもっていったのだけれど、

それすらも
父にとってはもうどうでもよいこと

そんなことを求めているんじゃないと言わんばかりに

年賀状に目を通すことさえも拒絶した

父は飢え渇いていた

この体が朽ちて死を迎えるということ

この世に対して、すべてのことに対して死んでいくという現実のただ中で

こ・の・世・が与えるものすべてが空しいことを知る

昨日よりも今日、今日よりも明日と

体の機能もすべてを失っていくただ中で、

暗闇に光るキリストを知る

父の葬儀の後、生み出されようとしているいのちがある

85歳の父と同じ年、同じ名前の伯父が教会に導かれ

「心はこちらに傾いています」と話してくださった

伯父は、

「さっちゃん、あんたはお父さんの宝だったよ」と話してくださったが

死の直前、唯一の宝物であるキリストを得た父の、平安に満たされた瞳を忘れることができない。


 そして、一粒の麦が地に落ちて死ぬことによって生み出されるいのちの祝福

十字架と復活の奥深さと素晴らしさを味わう


「主の聖徒たちの死は主の目に尊い。」詩編116:5


神を愛し、神を信頼しようとする者を神はそうやすやすと死なせない。その死には大きな価値と意味があるようにされる

という意味合いが込められていると語られたメッセージがある

主とともに、彼の死と同じ形にされながら苦難に参与する聖徒らの死は、主の目になくてはならない尊いものとされた

あぁ、主を褒め称えます!!

































 
 
 
| | 01:29 | comments(0) | trackbacks(0) |
お祈り心から感謝いたします!


 幸い薄く見ゆる日に(新聖歌330番) (前夜式で賛美します)


幸い薄く見ゆる日に 孤独に悩むときに
わが恵み汝れに足れりと 静かな声を聞きぬ

されば 我 わが目を上げて
十字架のイエスを 仰がん

主よ 汝が愛を想えば 我に乏しきことなしと


愛する者を失いて 望みの消ゆるときに
われ汝をひとりにせじと 優しき声を聞きぬ

されば 我 笑みをたたえて
友なるイエスに 応えん

主よ 汝が愛に生くれば 我に乏しきことなしと

 
   
   ハレルヤ主を褒め称えます


 主は何と恵みに満ち、憐れみと愛に満ちたお方なのでしょう!

 召される三日前に洗礼を受けることができましたが

 医師からは、もう意識が戻ることはないでしょう と言われました

 次の日、たとえ意識がなくても精一杯話しかけようと病室に向かいました

 ところが、父の意識が戻っており

 手を握り、ちゃんと応答してくれたのです

 父は何かを話したそうでしたが、もう声に出して話をする力はありませんでした

 私は父に

 「お父さん、わかるかな?お父さんは昨日洗礼を受けてクリスチャンになったんだよ

  イエス様が迎えに来てくれるから、何も心配いらないよ

 お父さ〜ん、大好きだよ〜、私はお父さんの娘として生まれ育ったこと 本当に幸せだったよ
 
 お父さん、本当にありがとう、愛しているよ 」

 と泣きながら父を抱きしめ、頬に口づけをしました

 父の目は何とも言えないやさしい目をしていました

 それが父と交わした最後の会話となりました

  まるでさようならをちゃんと伝えることができるようにと

 父の意識が戻ったことも

 主のお優しい、恵みに満ちたご配慮に涙が止まりませんでした。

 

 「イエスは言われた。『わたしは、よみがえりです。いのちです。わたしを信じる者は、

死んでも生きるのです。また、生きていてわたしを信じる者は、

決して死ぬことがありません。このことを信じますか。』」

ハレルヤ! 

 父は主と共に生きている

 生きている方をどうして墓の中で探すのか!

 その言葉は、信じる者すべてそのお言葉の中に入れられているのである。

 なんという恵み‼、なんと素晴らしい主の大いなる愛!

 最期に父の手をとって臨終に寄り添うことができた娘は

 「おじいちゃんは生きているから、悲しくない^^

 また会える。その時が楽しみだ」

  といった

  今日の前夜式、明日の告別式を通して

 主イエス様の御名があがめられますように!!!

   

 
 

 
 
 

 
| | 14:09 | comments(2) | trackbacks(0) |
愛する父の手


 父の手 握り合う手は大ちゃんの手

温かな手 大きな父の手

幾度も病室で手を握りあう

お父さん 愛しているよ

と私は父を抱きしめた

愛しているよ、愛しているよ、と父は言った。

共にお祈りをささげ

父は目を閉じ

アーメン、イエス様 と言った


 皆様のお祈り心より感謝いたします。








 
| | 22:38 | comments(2) | trackbacks(0) |
父の入院
父は日に日に食事量が激減し、体重が落ち、痩せていった

栄養のほとんどを癌に持っていかれるため 体力もない ものすごい倦怠感と呼吸の苦しさで

ひとつの動作をするのに、本当に命がけだ

再び動くのに酸素吸入を鼻から吸い、呼吸が落ち着くまで15分はかかった

さすがに辛い、とあまり弱音を吐かない父が言った

緩和ケア病棟への入院に無料部屋を申し込んではいるものの

先日申し込んだばかりで今は満室。約2,3か月待ちと聞いていたので、

いったん一般病棟に入院して、無料の部屋が空くのを待つしかなかった。

しかし一般病棟はトイレが病室から遠く、ナースコールを押しても

トイレが間に合わない ならばせめて家のほうがトイレまで近いので、

家にいたほうがいい、と父は言った。

ところがである

病院から連絡が入り無料部屋が空いたのでどうされますか?との電話

なんというタイミング!

緩和ケア病棟はそれぞれ個室でトイレがついており、

最後まで自分の足でトイレに行きたいと願っている父にとってはとてもありがたい部屋だ

主の憐れみに触れ、主を仰ぎ見る 恵み深き主がともにいてくださる

そして、祈られていることの幸い、皆様の上に主の祝福がとどまりますように







 
| | 21:37 | comments(3) | trackbacks(0) |
恵みは十分に
 新聖歌330


 幸い薄く見ゆる日に

 孤独に悩むときに

わが恵みなれに足れりと

静かな声を聞きぬ

さればわれわが目を上げて

十字架のイエスを仰がん

主よなが愛を思えば

われに乏しきことなしと


愛するものを失いて

望みの消ゆるときに

われ汝を一人にせじと

優しき声を聞きぬ

さればわれ笑みをたたえて

友なるイエスに応えん

主よなが愛に生くれば

われに乏しきことなしと


  
  父が肺がんになった

 左の肺が癌でふさがれてしまっている状態だ

 咳が止まらず、呼吸がとてもつらそう

 今回の入院は検査の為の入院。

 退院は明日だけど、

 再度今週土曜日に入院の予定

 医師から自宅に帰れるのがこれが最後になるでしょう

 ・・という説明を受けた

 私の頭はまだ整理がつかない

 でも知っていることがある

 
 「わが恵み汝に足れり」

 と語ってくださるお方が共におられることを

 父に豊かないのちが注がれますように

 ただ主を仰ぎ見る

 すべてを成してくださるお方に栄光がありますように

 

 
| | 00:37 | comments(2) | trackbacks(0) |
ジハードの為に米国に来たイスラム教徒、イエスに出会う facebookより


素晴らしい証です!シェアさせていただきました。
| | 12:57 | comments(2) | trackbacks(0) |
大切な愛
 退院して二週間、 術後の傷のほうも落ちつきつつある

飲み込みにくさ、声の出し辛さが残るものの、

体力面では本当に守られ、元気で透析に通うことができ感謝だ

退院したのはゴールデンウィークの真っ最中だったため、透析へは休みの間中、大ちゃんが送り迎えをしてくれた

なんだかちょうどいい具合に助けが与えられ、

これも皆様の執り成しの祈りの中で守られていることを深く感じ、本当に感謝いたします。



連休が明けたある日のこと。

「今のこの時期だからこそ、真剣に考えていることがある。」

と主人が言った。

「腎臓の移植手術をしないか・・・」

!!?えっ?

腎臓を一つやるでな、と入院中に主人からメールがきたが

気持ちだけ受け取ったつもりだった。

あのメールは決して口先だけではなく

主人自身、真剣に考えて決断したことだったと改めて知った


主人の言葉は、本当に嬉しかった

嬉しくて、涙が出そうになった


でもそんなに簡単に、はい、でわ、お願いします、という問題ではない。

当然、私の父は(主人の体のこと、今後のことを考え)猛反対 

正直、私も父の思いと同じだ

大きな病気をした主人の体に負担をかけたくない。

・・・

具体的な話を病院に聞いてきてほしい、・・と言われたが

話はそのまま・・心の中に、

大切なものを大事に箱の中にしまっておくかのようにして

そっと蓋をした。


 御言葉はすでにそのように心に思ったことは、

すでにしたことと同じこと (場合は違うがマタイ5:28)

と、ある。

実際に移植したわけではないが、

主人の思いは、私にとっては、

すでに移植したことと同じだと深く思った。

言葉にならないほど、思いがいっぱい・・・。


手術入院を通して、辛かったことなど、

とてもとても小さくなるほどに

大きな愛を受けた

返しきれないほど、大きな愛

夫婦であることの祝福はなんと素晴らしいのだろう。

なんという恵みでしょう!






今日は主人とデート 

 


名古屋港ワイルドフラワーガーデン「ブルーボネット」に

 
http://www.wfg-bluebonnet.com/index.php

連れて行ってくれました〜 素敵な所でしょ







真っ赤な薔薇 だ〜い好きです!





 とっても綺麗でしょ

 薔薇のソフトクリームを主人と半分こ

 薔薇の香りが口の中いっぱいに広がって

 とても美味しかったです

  幸せの味がしました 
  

 
 


 
| | 21:29 | comments(9) | trackbacks(0) |