SELECTED ENTRIES
RECENT COMMENTS
RECENT TRACKBACK
CATEGORIES
ARCHIVES
LINKS
PROFILE
MOBILE
qrcode
フラワー

動物をクリックしてみてね^^
SPONSORED LINKS

04
--
1
2
3
4
5
6
7
8
9
10
11
12
13
14
15
16
17
18
19
20
21
22
23
24
25
26
27
28
29
30
--
>>
<<
--

十字架の恵みが溢れて

主が治めておられます。私たちはそれを大胆に断言します。
私たちの主イエス・キリストが治めておられます。
彼は万物の主です。
なにものも彼の権威を損なうことはできません。
中国と日本における主の権益を損なうために世に出てきているのは、霊の軍勢です。ですから、私たちは中国のために祈りません。日本のために祈りません。
私たちは中国と日本におけるあなたの御子の権益のために祈ります。
私たちはいかなる人も責めません。なぜなら、彼らはあなたの敵の手の中にある道具にすぎないからです。
私たちはあなたの御旨のために立ちます。
おお主よ、暗闇の王国を粉砕して下さい。
あなたの教会に対する迫害があなたを傷つけているからです。アーメン

〜ウオッチマン・ニーの祈り〜
スポンサーサイト

一定期間更新がないため広告を表示しています

| - | | - | - |
神の時
 「まことに、まことにあなたがたに告げます。一粒の麦が地に落ちて死ななければ

それは一つのままです。しかし、もし死ねば、豊かな実を結びます。自分の命を愛するものは

それを失い、この世でそのいのちを憎む者はそれを保って永遠のいのちに至るのです。」

           ヨハネ12:24〜
 

  これらの聖句を黙想するとき、私は河南で農業していた時、

 小麦の種を土の中に植えてから地面の上に芽をだすまで、

約7ヶ月間「土の中」(刑務所)にいるように示されているように感じた。

 私が刑務所の中に埋められた種だった時、イエスは多くの教訓を教えてくれた。

 クリスチャンの生活は肉体にとって魅惑的なものではない。小さな種が地面の中に入っても

 そこは快適なところではありえない。

 ごつごつとした暗い土の中に何ヶ月も一人でいて、冬の凍りつく地面や夏の暑さに苦しめられ

 悪臭を放つ肥やしや肥料に覆われる。これらの試練にじっと耐えた後、

 種はいのちを芽吹き、多くの人を養う収穫物を生み出す。


  種が地面に埋められたら、ただ、いのちが芽吹く神の時をじっと待つ以外に選択肢はない。

同じように、刑務所から出して欲しいという人間の努力に頼ることは

 全く無駄であることが分かっていた。

人権団体に頼って政治的圧力をかけてもらう代わりに

 私は自分の未来が完全に神の手の中にあり、

その時が来たときだけ出ることができると知った。

           

  ブラザー・ユン   ミャンマーの監獄にて 
| ブラザー・ユン | 09:16 | comments(0) | trackbacks(0) |
事実ではなく真理に従って生きる
 牢の中で、イエスが「立って歩きなさい」と言われた。
その時は、信仰も弱まっていたときで、もう2度と彼の足は動かないとまで、
新聞で報道されるほどを粉々に足を砕かれていた。とても立てる状態ではなかった。

「主よ、無理です。とても立てません。それにここは牢の中です」と私は答えたが、
「牢は事実だが、真理ではない」とイエスはおっしゃった。

その言葉に従った。「事実であるが真理ではない」
私は牢をでて、なんと刑務所の外にいた」

          「 天国の人 」より   

| ブラザー・ユン | 00:07 | comments(0) | trackbacks(0) |
マントウを捧げて
 「天国の人」 の中に 監獄の中での証のひとつに

マントウ(中国の蒸しパン)を犠牲として捧げた証が描かれてある。
           
     
    中国の蒸しパン マントウ
 

 
 ある日ブラザー・ユンの監房にファンという人物が送られてくる。
彼は殺人者で死刑囚だった。ファンを見張り、自殺をしないように見張り役を言い渡されたブラザー・ユンは、 送られてくるファンは、主が私に救うように与えてくださった尊い魂であることを感じた。

 ファンは囚人から恐れられていた。

 まるでレギオンの悪霊に(マルコ5章)取り付かれた男のようであり、汚い言葉を吐き、足首の鎖で、自分の体を切って傷つけようとしていた。非常に凶暴で憎しみに満ち、他の囚人たちが近くによると、耳や鼻を噛み千切ろうとするような囚人だった。

ファンはもといた監房の囚人たちからけられたり、殴られたりして、動物のように扱われていた。手は後ろ手に縛られていたので、自分で食べることすらできない状態であったが、誰も彼に食事を食べさせるようなことはしなかった。それどころか、わざと体の上にこぼしては、罵られていた。

彼は自分の頭を壁に打ちつけ自殺しようとしても死に切れなかった。


 そんなファンが、ユンのいる監房に移されてきた。

 ユンの監房で誰もがファンに愛と同情を示した。

 ファンは長い間鎖でつながれていたため、体も洗われることなく、ひどい悪臭がしていた。

 しかし、ユンたちの内に与えた神の愛ゆえにファンは愛をうける。


 以下は本より抜粋


  「ファン兄弟、私たちもみな犯罪者です。恐れることはありません。私たちがあなたの面倒を見ますから」
 私はファンに座って静かにするように言った。そして全員に、貴重な飲み水を少しファンに分けれあげるように言った。私はシャツの一部を引き裂いて、水につけ、顔についた汚物や渇いた血液を丁寧にぬぐった。
顔が乾いたら、私は毛布の一部を切り裂いて、手錠や足かせでできたきり傷をきれいにした。少量の歯磨き粉を浸かって生傷を消毒し丁寧に包帯を当てた。

ファンは何も言わなかった。ただそこに座ったまま大きく目を見開いて、みなをじっと見ていた。
私には主がすでに彼の心に触れたことがわかった。昼食時、私たちはそれぞれ、自分たちの米をいくらか、この新参者にあげた。それから 全員で主の祈りを祈ってから、食べ始めた。私はスプーンを浸かって、ファンに食べさせた。

・・・中略


その晩の夕食はたまたま週に一度のマントウの日だった。

兄弟たちが全員私を見た。私には皆が空腹だということがわかっていた。そこで私は

「今日はもうすでに、米と水を新しい友人ファンに分けました。だから、今晩は自分たちのマントウを食べましょう。でも、明日はスープを彼に少し分けてください。」と言った。

私はファンに最初に食べさせ、次に自分の食事を食べ始めた。

自分のマントウを一口かじった時、私は泣きたい気持ちになった優しい声が私の中からわき上がって言った。

 「わたしはあなたのために十字架上で死にました。あなたがわたしを愛していることをどうやって示してくれますか?
 私が飢え、渇き、投獄されているとき、もしあなたがこれらのことを私の兄弟の一番小さい者にしてくれたら、それは私にしてくれたことと同じになります。」

 すぐに私はマントウの残りを犠牲としてファンに与えなさいと望んでおられることを知った。

私は頭を垂れて、泣いた。

 「主よ、わたしも飢えています。とてもお腹がすいているんです」

 聖書の一節が心に蘇った。

 「私たちをキリストの愛から引き離すのは誰ですか。艱難ですか。苦しみですか。迫害ですか。飢えですか。裸ですか。危険ですか。剣ですか。」(ローマ8:35)

 私は残りのマントウをハンカチでくるむとファンのために取っておこうと服の中に入れた。すぐに平安と喜びが戻ってきた。

 翌朝の朝食は2,3本の麺しか入ってない汁ばかりの麺類だった。私たちはファンに分け与えたが、沢山の分け前でも満足しなかったファンは看守に向かって叫んだ。

 「俺はもうすぐ死ぬんだ!どうしてもっとまともな食事を与えないんだ?処刑する前に飢え死にさせるつもりか?」

 その時主が私に言った。

 「急いでまんとうを服から取り出して、彼に与えなさい。」

 ファンのほうに背中を向けてマントウを取り出して、彼の汁椀の中に、マントウを置いた。その直後、ファンの石の心が砕けた。

 ファンはいすから落ちて、床にしゃがみこんで、泣き始めた。

 「お兄さん、どうしてこのな風に私を愛してくださるのですか。どうして昨晩、そのパンを食べなかったのですか?私は人殺しです。みんなから憎まれています。自分の両親や兄弟や姉妹、私の婚約者でさえ、私と縁を切りました。どうしてそれほどにわたしを愛してくださるのですか?

 私はいま、あなたの親切に報いることができません。でも私が死んだら、幽霊になってこの監房に戻ってきて、あなたがしてくださったことに対しておかえしします」

 私はいまこそ、主が彼に福音を告げ知らせるよう望んでいるのを知った。わたしはファンにこういった。

 「私たちがあなたに優しくしたのは、いえすがあなたを愛しておられるからです。もしイエスを信じて、いなければ、私は九番監房の人たちと同じことをあなたにしていたでしょう。神の御子イエス・キリストに感謝せねばなりません。」

 すぐにファンは答えた。

 「主よ、私のような罪人を愛してくださったことを感謝します」

 この頑迷な犯罪者は、涙を流しながら、心の中にイエスの愛を受け入れた。罪の重荷から解き放たれたのだ。


         

 自己を否むことがどのようなことかの証がここにある。

 毎日が乏しい食事しか与えられず、自分自身も飢えて苦しかった中で、主の御言葉を選び取り、自分を否んだのである。

 その動機はキリストの愛であり、主にしたがって自らを降ろし、他者を愛することを通してキリストへの愛を現した

 主に従い、日々十字架を負って歩むこと、それは主から与えられた人々への魂に対するキリストの愛を負うことである。

 
 「あなたはわたしを愛しますか?」

 その呼びかけに応答し、他者に仕える十字架を負う

 主は愛によって、豊かに救われる魂を引き寄せてくださる。

 
 あなたは今日、どんな十字架を背負って歩んでいるでしょうか。 
 

| ブラザー・ユン | 07:00 | comments(0) | trackbacks(0) |
主の光によって

 日に日にイエスの霊と親しく交わることによって、

私自身の罪深さが目の前から消え、

主の光が私の霊の中で大きくなる。

 
 「人はパンだけで生きるのではなく、

 神の口から出る一つ一つのことばによる」 マタイ4:4

 ことを文字通り真実として学ぶことです

| ブラザー・ユン | 06:47 | comments(2) | trackbacks(0) |